あとで読む・第25回・山田太一『岸辺のアルバム』(小学館 P+D BOOKS、2018年)

山田太一さんの代表作として知られる『ふぞろいの林檎たち』が放送されていた頃、私は10代後半~20代頃の時期で、まさにドンピシャの世代にあたっていたのだが、その頃の私はほとんどテレビを観ていなかったので、残念なことにこのドラマを観ていない。むしろ私は小学生の頃に観た『高原へいらっしゃい』が大好きで、ずいぶん大人になってからロケ地である八ヶ岳高原ヒュッテを訪れた時は感激した。つまり私の中では山田太一さんといえば『高原へいらっしゃい』なのである。
山田太一さんの「車中のバナナ」というエッセイにはこんなことが書いてある。
旅先からの帰り、普通列車に乗っている。4人掛けのボックス席には、中年男性と、老人と、若い女性、すべてその場に居合わせた他人が座っている。その中の一人、気のよさそうな中年男性がみんなに話しかけ、わきあいあいと会話が始まる。その男性が、バナナをカバンから取り出す。
そこに座っていた老人と若い女性は、バナナを受け取ったが、山田太一さんは断った。中年男性は「遠慮することないじゃないか」といったが、山田太一さんは「遠慮じゃない。欲しくないから」と再び断った。
ところがその中年男性はバナナをしつこく勧めてくる。それでも拒否し続けていると、同席している老人も、この場の和やかの雰囲気を壊すではないかと激しく非難を始めるのである。しかしたんにバナナを受け取らないというだけで、どうしてこれほどまでに非難されなければならないのか。
このエッセイを読んで、私は山田太一脚本のあるドラマのことを思い出した。それは、渥美清主演の「泣いてたまるか」というドラマシリーズの、「ああ軍歌」(1967年)という回である。
主人公は、杉山という、ある会社の営業課長(渥美清)。戦争でつらい体験をした彼は、戦後になっても、その思いが消えない。いつまでも戦争の悲しみを引きずっている。
ある日、親会社から元軍人の重役(山形勲)がやってくる。この重役は、軍隊時代を誇りに思っている人間で、その重役が中心となる宴会では、みんなが手拍子を打ちながら軍歌を大きな声で歌う。部下たちも重役の機嫌を損ねないようにと、一緒になって軍歌を大声で歌う。しかし営業課長の杉山はそれが耐えられない。自分ひとりだけ、軍歌を歌わずに下をうつむいて黙っている。
そしてついに、本社からの客をもてなす宴会の席で、杉山は重役から軍歌を歌うことを強要される。重役も、杉山のこれまでの態度が気に入らなかったのであろう。杉山は立ち上がり、自分はなぜ軍歌を歌いたくないかについて、自らのつらい戦争体験を語り出し、ヤケになって軍歌を歌い始める。
…と、たしかこんな内容だったと思う。
私には、電車の中でバナナを食べるように勧める人のよさそうな中年男性と、宴会で部下に軍歌を歌うことを強要する元軍人の重役が、重なって見える。「同調圧力」という言葉が生まれるはるか前に、山田太一さんはこの国の社会の病理をすでに指摘していたのである。
山田太一さんの訃報を受けて、書店では山田さんの本が平積みになっていた、その中の1冊が『岸辺のアルバム』。このドラマも山田さんの代表作だが観ていない。私も同じく多摩川沿いで生まれ育った人間なのに、である。山田太一さんのドラマの同時代性に居合わせなかったことを今になって後悔している。


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