見出し画像

回想11・太宰治『思ひ出』と『津軽』

いまから13年前の2011年、山形に住んでいた時の話。
研究会が終わり、地元の先生たちと飲んでいたときのことである。
K先生がおっしゃった。

「太宰治の『思ひ出』という小説に、太宰が幼いころ、卒塔婆に付いていた黒い鉄の輪をからからと回して、そのまま止まって動かなければ極楽に行き、勢いが足らずに逆に廻れば地獄に落ちると叔母に教えられて、幼い太宰がやってみたら逆廻りすることがしばしばあった、なんて記述がありましたなあ」

K先生がこんな話を唐突にしたのは、昼間の研究会で講演者の方がお話になった内容と、少し関わる話だったからである。

「叔母さんがやると必ずうまく止まったのに、なぜか太宰がやるとうまく止まらずに逆戻りしてしまう。たぶんそのとき太宰はまだ幼かったから、勢いよく廻せずに、鉄の輪が逆戻りしてしまったんでしょうな」とk先生。

すると横にいたI先生が、

「それは『津軽』ですよ。『津軽』に出てくる話です。『津軽』は、太宰がめずらしく誠実に書いた小説です」

とおっしゃった。
『思ひ出』も『津軽』も、中学の時に読んだきりで、そんな話があったことは、まったく思い出せない。
私の父方の祖父母は津軽の出身である。祖父母は仕事のために上京し、そこでずっと暮らしたため、ほとんど津軽に帰ったことはなかった。ただ私が中学2年の時、1度だけ、家族で津軽を訪れたことがある。
そのとき、私は太宰の『津軽』と『思ひ出』を読んだのである。
それがきっかけになり、思春期のある時期、ご多分にもれず太宰の小説を人並みに読みふけったが、大学生になるころには、すっかり読まなくなってしまった。以来、太宰とは、すっかり縁遠くなってしまっている。
それにしても、K先生がこの話を『思ひ出』にあるとおっしゃったのは、記憶違いだったのだろうか?この話は、I先生がおっしゃるように『津軽』に出てくる話なのか?
気になって、『思ひ出』と『津軽』を調べてみることにした。すると、やはりK先生がおっしゃるように、『思ひ出』に出てくる話であることがわかった。
では、I先生が間違っていたのか?
いや、そうではない。この話は、『津軽』にも出てくるのである。
正確に言えば、『津軽』では、過去に自分が書いた短編小説『思ひ出』の一節を引用する形で、この話が登場するのである。
だから、K先生の記憶も、I先生の記憶も、たしかなのであった。
それにしても驚いたのは、この何気ないエピソードを、お二人が印象的に覚えておられた、ということである。
それほど有名なエピソードなのだろうか。私にはよくわからない。
ひとつ痛感するのは、お二人の先生は、太宰の文学を、同じ東北の人間として、自らの血肉にしているということである。
津軽出身の祖父母をもち、いまの私が太宰治終焉の地のすぐ近所に住んでいるという縁を考えれば、いまいちど太宰治の作品にふれておくことが、私に与えられた運命なのかもしれない。

太宰治の『思ひ出』に言及したK先生は、今年(2024年)1月、77歳で亡くなった。K先生、山形ではお世話になりました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?