妄想・手塚治虫『人間ども集まれ!』(実業之日本社、1968年)
映画『クラウドアトラス』(2012年)は、時代を超えた6つの物語が交錯する、複雑きわまりない壮大な物語である。
6つのエピソードのうちの1つ、2144年の未来社会を舞台にしたエピソードでは、遺伝子操作で作られた合成人間(複製種)たちが登場する。複製種たちは人間(純血種)に支配され、労働力として酷使されていたが、これに疑問を抱いた複製種のソンミ(ペ・ドゥナ)が革命家と出会い、複製種の尊厳を取り戻そうと立ち上がる。
これとほぼ同じモチーフの物語が、手塚治虫の漫画の中にある。『人間ども集まれ!』である。
東南アジアのパイパニア共和国の戦争に義勇兵として参加していた日本の自衛隊員・天下太平は、脱走兵として捕まり、パイパニア共和国が進めていた人工受精の実験台にされてしまう。
太平の精子はきわめて特殊なもので、生まれる子どもは男でも女でもない「無性人間」だった。この「無性人間」は、働き蜂のような従順な性質を持っており、この性質を利用した医師の大伴黒主は、無性人間を大量生産して、これを兵士として世界中に輸出し、大儲けすることをたくらむ。
「商品」として輸出され、兵士として虫けら同然に扱われていた無性人間たちは、やがて人間たちに抑圧されていることに疑問を持ち、人間に対する反乱をくわだてるのである。
1967年~68年に発表された漫画だが、まるでこれは映画「クラウドアトラス」における「純血種」と「複製種」のエピソードを先取りしたような話である。いまから半世紀以上も前に、手塚治虫はすでにこんなことを考えていたのだ。
この作品自体は、当時のベトナム戦争を強烈に意識して描かれているが、いまの私たちが読んでも、いま現在の問題としてとらえることができる必読の作品である。
手塚治虫の構想力には、あらためて驚嘆せざるを得ない。と同時に、『クラウドアトラス』の映画制作陣たちは、手塚漫画をそうとう読み込んでいたのではないかと妄想を膨らませたくなる。