見出し画像

いつか観た映画・『Ryuichi Sakamoto |Opus』(空音央監督、2024年)

若い人には関心がないかもしれないが、中学生の頃、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏)のファンだった。その中でも坂本龍一さんの音楽を私は最も愛していた。
2022年12月初旬、YouTubeを開いたら、坂本龍一さんの短い動画があがっていた。それは、2分ほど、坂本龍一さんが語った動画だった。
2020年6月に癌であることがわかり、それ以来、表だった活動をしてこなかった。かなり体力が落ちてしまい、1時間とか1時間半といった通常のコンサートを行うのが難しい状態になった。なので、1曲づつ演奏したものを映像にまとめて、コンサートの形にしたい、と力をふりしぼるように語っていた。
正直に言うと、2000年代に入ってからの坂本龍一さんは、よい意味で落ち着いた、だが見ようによってはちょっと衰えを感じさせる演奏という印象を抱かせ、少し遠ざかっていた。
しかし、2022年12月11日に行われた、1時間強の配信コンサートは、実に力強かった。
スタジオには、ピアノ1台と坂本さんが1人。音楽を極限まで濾過した、究極のステージ。命を削るように音を紡ぎ出す、もはや求道者である。
それでいて、楽しみながら演奏している。
ピアノを弾く皺の多い指は、しかしながら若いときにシンセサイザーを弾いていた指の動きと、変わらなかった。
選曲は、そうとう吟味して行われたようだが、その中の1曲に「東風」が入っていたことは、私にはたまらなかった。
YMOの曲でいちばん好きな曲は何か、といわれたら、「東風」と答えるだろう。YMOは東風に始まり、東風に終わるのである。
すべての演奏が終わったあと、坂本龍一さんのコメントで、
「ここへ来て新境地をひらいた」
と自画自賛していたが、まさにその通りだった。しかしこれが最後のコンサートになってしまった。

そして2024年5月。2022年12月の坂本さんの最後のコンサートが、完全版の映画として上映されることを知り、私はいても立ってもいられなくなった。上映館は、「109シネマズプレミアム新宿」である。
予約したところ、「プレミアム」の名の通り、ふつうの映画館よりも割高な料金で最初は面食らったが、座席は飛行機のファーストクラスを思わせるシートで、音響も都内で最高レベルを誇る。あとで知ったのだが、坂本龍一さんがこの映画館の音響の監修したという。そこで坂本さんのコンサート映画が上映されるのならば、この映画館で観ない選択肢はない。
上映の20分くらい前に映画館に入ると、これまた空港のラウンジを思わせる「メインラウンジ」に通される。ポップコーンとソフトドリンクのサービスがあるのだという。せっかくなのでそれをいただいて、ラウンジの椅子に座ってポップコーンを食べ始めると、次々にお客さんがやってきた。
客層は、私と同じ世代がやはり多かった。とくに男性はひとりで来ている人が多く、私と同様にYMOの洗礼を受けた人たちだろうということが見た目でわかった。たまたまラウンジで、同世代の男性客二人と並んでポップコーンを頬張ることになったのだが、この見知らぬ3人は、考えることは同じ。「映画のスクリーンを前にポップコーンを食べるのは失礼だから、ラウンジにいる間に完食してしまおう」と。私を含めて3人とも必死でポップコーンを頬張っていたのが可笑しかった。坂本さんのコンサートにポップコーンは似合わない。
ポップコーンを完食したあと、客席に急ぐ。なんとか上映時間に間に合った。
座席はゆったりとしていて、音響も最高だった。演奏をしているスタジオにいるような臨場感である。曲と曲の間は、その空間が無音になり、だれひとり音を立てる者はいなかった。
坂本さんのピアノをはてしなく聴いていたい、この時間が長く続いてほしい、終幕が近づくにつれこれほど寂寥感がともなう映画はこれまでなかった。
知らない曲もあれば、定番の曲もあった。その中で、私が「この曲、名曲に化けたなあ」と思った曲が2曲ほどあった。
その一つは、「水の中のバガテル」という曲である。この曲はもともと1980年代の「サントリーオールド」のCMのために作られたもので、私が当時から好きだった曲だが、CMなので当時は15秒しか聴くチャンスがなく、なかなか演奏される機会もなかった。同じ「サントリーオールド」の別のCMで、のちに「Dear Liz」というタイトルで演奏され、名曲として認知された曲とは対照的である。坂本さんの最後のコンサートの1曲として「水の中のバガテル」が選ばれたのは感慨深い。そしてあらためて名曲だと感じた。
もう一つは、「Happy End」という曲である。もともとYMOの『BGM』というアルバムに収められている1曲だが、原曲はタイトルとは裏腹にちょっと不気味なアレンジである。地味な曲だなあと最初聴いたときは思った。だがこれをピアノ用にアレンジされたものを聴くと、この曲がいかに名曲であったかがわかる。何十年か経って、この曲のはかりしれない価値を知ることになったのである。

思いのほか冗長になってしまった。本来ならば推敲しなければならないが、書き散らしたまま残すことにする。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?