あとで読む・第13回・ルシア・ベルリン『掃除機のための手引き書 ールシア・ベルリン作品集』(岸本佐知子訳、2019年)

岸本佐知子さんの名を初めて知ったのは、昨年(2022年)にTBSラジオ「アシタノカレッジ 金曜日」にゲスト出演されたときである。そのときの岸本佐知子さんの話がとても面白かった。

その岸本佐知子さんが翻訳を手がけたというルシア・ベルリンという小説家の名前は、ますます初耳であった。それもそのはずである。この小説家は、本国であるアメリカでもほとんど忘れられた存在で、マイナーな出版社から出版されていた彼女の作品集も、絶版になるほどの扱いだった。それをひょんなことから岸本さんが見つけ出して読んでみたところ、その作品に衝撃を受け、これをほんの一握りの人でもいいからこういう作家がいたことを知ってほしいという願いから、翻訳することにしたという。

ラジオでは、「ルシア・ベルリンのことを語ろうとすると、語彙がどんどん貧弱になる。『すげえ』とか『やべえ』としか言えなくなる」みたいなことを言っていて、ますます気になる。とくに本業の小説家がこれを読んで熱い思いを語る場合が多いなどと聞くと、ハードルはもう一気に高くなる。

ラジオでの岸本さんの話があまりに面白かったので、エッセイ集『ねにもつタイプ』(ちくま文庫)を読んでみた。読んでいてあまりに楽しくて、ヘンなところに連れていかれそうになる感覚になる。「クセになる」という月並みな言い方も可能だが、「頭がグンニョリする」という言葉も思いついてしまう。ラジオでのお話によると、もともとエッセイを書くのは大嫌いだったが、あるとき、翻訳もエッセイも同じようなものだと悟ったという。翻訳は作家の声を受信してそれを別のスピーカーで伝えるようなもの、エッセイは空気中にただよっている思考をキャッチしてそれを文字にしているようなもの。いずれも電波のようなものだ、と開き直ったというのである。翻訳とエッセイというのは、親和性が高いのかもしれない。前回(第12回)の須賀敦子さんもそうだが、翻訳家に名文家が多いのは、決して偶然ではないのだろう。

岸本さんのエッセイの面白さにつられて、ルシア・ベルリンの第1作品集『掃除婦のための手引き書』と、第2作品集『すべての月、すべての年』(講談社、2022年)を手に入れた。早く読めよ!ということなのだが、なかなか踏み出せないのは、みんながあまりにも「すげえ」「やべえ」というものだから、もし自分が、ルシア・ベルリンを読んで何も感じなかったらどうしよう、という恐怖に苛まれているからである。我ながらつまらない心配をしている。



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