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オトジェニック・坂田明『ひまわり』(2006年)

東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県陸前高田市に初めて訪れたのは、2012年5月末のことである。
道中、友人のKさんの運転する車の中でかかっていた音楽が、ふいに私の胸を打った。映画「ひまわり」のテーマ曲とか、「見上げてごらん夜の星を」とか、「遠くへ行きたい」とかといった印象的なメロディを、アルトサックスの独特の音色で奏でているCDである。
高校時代に吹奏楽でアルトサックスを吹いていた私は、そのCDのことが気になって仕方がない。
「あのう、聞こうか聞くまいか迷っていたんですが」
「何です?」
「いま流れているアルトサックスのCDは、いったい何です?」
「ああ、これですか?坂田明です」
「坂田明ですか?!!あの坂田明?」
「そうです。ミジンコを研究している」
私は驚いた。あの、哀愁ただよう、魂のこもったアルトサックスのメロディが、坂田明さんによるものだったとは!
私が驚いたのも無理はない。坂田明さんといえば、フリージャズ専門のアルトサックス奏者である。私は学生時代、いちど、新宿のライブハウスに坂田明さんのライブを聞きに行ったことがある。フリージャズ奏者なので、とにかくメチャクチャを吹きまくるのが持ち味だった。だから、坂田明さんが、メロディを「ちゃんと」演奏していることに、驚いたのである。
「意外ですねえ。坂田明がちゃんとした曲を吹くなんて」
「でしょう」
「とくに最初の『ひまわり』はよかった」
「アルバムのタイトルも『ひまわり』ですよ。チェルノブイリやイラクでは、白血病の子供が今もたくさんいるんですが、このCDの売り上げは、子供たちのための医薬品や医療機器を購入することにあてられるそうです」
その話もまた意外だった。どこからどう見ても、いいかげんなおじさんにしか見えない坂田明さんとは、まったく結びつかないイメージである。
「だから親しみやすいメロディの曲を集めたんですね」
「そうです」
映画「ひまわり」のテーマ曲もよかったが、もう一曲、とても印象に残った曲があった。
「あれは、『死んだ男の残したものは』という曲ですよ」とKさん。「谷川俊太郎の詩に、現代音楽の武満徹が曲を付けたものです」
恥ずかしながらはじめて聞いたが、とても印象的な曲だった。
武満徹って、本当にすごい作曲家なんだなあと、あらためて思った。

私はKさんのおかげで坂田明さんのことを久々に思い出し、さっそくアルバム『ひまわり』を買ってみた。
あらためてじっくり聞くが、どれもすばらしい。
学生のころ聞いたフリージャズのイメージとは、まったく違う。だが、音色は坂田明さんそのものだった。
以下、収録曲をあげる。

1 ひまわり
2 見上げてごらん夜の星を
3 ウェディング・マーチ
4 遠くへ行きたい
5 死んだ男の残したものは
6 早春賦
7 水母
8 G線上のアリア

坂田明さんといえば、大林宣彦監督の映画「この空の花 長岡花火物語」(2012年)で、戦争で片腕を亡くしたアルトサックス奏者の役を演じていた。長岡の花火の映像と相まって、映画の終盤に流れる坂田明さんの魂の叫びともとれるアルトサックスの音色は、あの「ひまわり」のアルバムに込められた思いにも通じている。
大林監督と坂田明さんとのつながりは、ともに広島県出身であるということである。「この空の花」のメイキング映像に、大林監督のディレクションのもとで、坂田明さんがアルトサックスを演奏するシーンが残っているが、私にとって貴重な映像である。

こういうCDに出会うと、アルトサックスが好きでよかったなあ、と、ちょっと誇らしく思う。

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