あとで読む・第17回・田邊園子『伝説の編集者 坂本一亀とその時代』(河出文庫、2018年、初出2003年)

若い友人から「こんな本が出ていますよ」と紹介されたのが、編集者・坂本一亀の評伝だった。坂本一亀といえば、坂本龍一さんの父親ではないか!10代のころからの坂本龍一ファンであるにもかかわらず、この本の存在は知らなかった。

もちろん坂本龍一さんのお父さんが編集者をしていたということは、私も若いころから知っていた。その後にいろいろと入ってくる情報では、三島由紀夫の担当編集者だったらしい、とか、高橋和巳を見出した人らしい、とか、どうやら凄腕の編集者らしいことがわかってきた。

坂本龍一さん自身は、父親の一亀さんには怖いイメージを抱いていたらしい。まったくの余談だが、坂本さんがYMOとして活躍していた時代(1970年代末~80年代初頭)、坂本龍一さんと細野晴臣さんは仲が悪かった、というのが、ファンの中での公然の定説だった。まああれだけの才能のある者同士がぶつかるのは当然だろう、というのが大方の見方だったと思う。

21世紀に入って、いつの頃からか二人は和解し、ようやく気の置けない仲間としてふるまえるようになる。仲直りしたあとの何かのラジオでの対談で、細野さんが若い頃の仲違いの謎を分析していた。曰く、もともと坂本龍一にとって父親は近づきがたくこわい存在だったために、YMOが結成されると、坂本より年上である細野を近づきがたい存在として忌避するようになったのではないか、つまり坂本は細野に父親の影を見ていたのだ、と。細野さんの分析があたっているかどうかはわからないが、それを聞いていた坂本さんは否定も肯定もしなかったと記憶している。まあファンにとっては、どんな経緯であれ、最終的にはYMOがよい関係に着地したのだからそれだけで満足である。

「あとで読む」どころか、すでに読み始めているが、最初のほうにこんな記述がある。「坂本一亀は既存の流行作家を追いかけることを嫌い、他の編集者が注目しないような目立たない執筆者に注目し、激励した。彼はたえず無名の人の中に可能性を探ろうとする努力を続けていた編集者であった」(25頁)。月並みな言い方だが、編集者と執筆者が二人三脚で本を作り上げた、ということだろうか。その具体的な事例については、これからこの本を読み進めていく中で明らかになるだろう。

折しも今日(2023年11月25日)、若くして亡くなった編集者の遺著を読み解く、という会合に参加した。この編集者も、坂本一亀と同様に、目立たない執筆者に注目し、その才能を見出すことに注力した人物だった。その会合で久しぶりに会った先輩の前近代史研究者は、「やはり執筆者と編集者の関係って大事だよ。いままで僕たちはその部分を軽んじていた傾向にあった」と、しみじみと語っていた。本は執筆者と編集者が一緒になって作り上げるものであるという原点に立ち返らなければならない。この本は、そのことを思い出させてくれるだろうか。



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