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魔女は三日月のように笑う 第5話

#少女 #魔法 #プロフェシー #学園

「マジでヤバッ!」如月蘭の動きは圧巻だ。バイクの爆音に振り向いた最初の男を、突進してそのまま引き倒した。

倒れている私の数十センチ前でバイクの前輪を上げてジャンプすると、私を飛び越して鼻血男をそのままバイクの下敷きにする。

着地すると、垂直にハンドルを切って飛び蹴り男の前に流れるようなスピードで移動した。

急ブレーキでバイクの車体を止めて、勢いづけて後輪を飛び蹴り男にぶつける。

「うわー」叫びながら数メートル先に男は投げ出された。

しかも、投げ出された男の体の上にそのままバイクを乗せに行ってとどめを刺す。

「ラスト―」如月は叫んだ!

「ギャーッ」最後の男は、悲鳴を上げて自分のトラックの方に逃げる。目の前の光景が理解できないのだと思う。

如月は、バイクをわざと蛇行させて男に時間を与えている。戦いを楽しんでいるのだ。

男がトラックのドアノブに手を掛けると、プロフェシーが手の上にいきなり表れて笑う。

「ギョエー」男は後ろから倒れてドアの前で尻餅をついた。

「ハイッ!」如月のバイクは、爆音をとどろかせて宙を舞った。

そしてー声にならない叫び声をあげて最後の男も散った。

如月蘭とプロフェシーは、バイクを私の方に向けて勝利のVサインとポーズを決めている。

「ホントにそのポーズ必要なの?」

「フフッ、凛、まあまあ頑張ったジャン」もうろうとした意識の中でプロフェシーの声が聞こえてきた。

「一回、殺す」そう思った。

「やっぱり、机上の理論じゃダメよ。若いんだから実践を経験しないとね」と如月蘭は言った。

「お前らが勝手に巻き込んだんだよ!」自分の力で立ち上がりながら、二人に向かって叫んだ。

「やだ!凛って怖―い。香月早紀の悪い影響かな?」如月凛は最初に会った時のように、小首をかしげて可愛らしく言った。

「とりあえず、ファーストステップはクリアとするわ!」

「ファースト?ファーストって今言った?」

「あらっ、言ってなかったかしら?これからが本番よ」悪徳商法に間違いなかった。

「これから凛が、体を張ってみんなの平和を守るのよ」

「ネッ、素敵でしょう?」私は、答える気力も起きない。

「七月一日の午前十一時二十五分に、この廃棄物の山は雪崩のように崩れ落ちるの」大袈裟に目を見開いて如月蘭は言う。

「何千世帯を巻き込んで土石流はあの港まで流れ込むのよ。平日の昼間だから三百人くらいが犠牲になるわ」その人数は少ないと言いたいのだ。

「そこで、凛あなたの出番よ!」

「ここまでわかっているなら、何故自分たちで止めないの?」

「やだ、私たちは未来の予知はできても、実際に自分の手でそれを変えることはできないのよ」

「協会で禁止されているのさ!魔女たちが勝手にアレンジを加えて行ったら、つじつまが合わなくなって大変なことになるからね」プロフェシーは、気づかないうちに私の肩の上に移動していた。

「そこで、僕たちは君に目をつけたのさ」そう言って、プロフェシーは私の頬の擦り傷を舐めた。

「何故私なの?」プロフェシーを払いのけながら言った。

「そうねー初めて駅のホームであなたを見た時、あなたが二つの怒りを抱えていたから」

「怒り?」

「立花咲を救えなかった自分への怒り、もう一つは死を選んだ立花咲への怒り、この二つの想いよ」

「人間の怒りはパワーを生むの!」

「駅で初めてあなたを見た時にピンときたわ。あなたはこのミッションを達成できる素材よ」

少しの間、私は考える。

「やるわ!」

「そのかわりに、全部クリアしたら私は何が得られる?」

「フフフッ、それねー」イジワルそうな目をして如月蘭は喋り出した。

「最後まで、この魔女のことを信じてはいけない」私は、自分自身にそう言い聞かせる。

「そうねーご褒美的なのも必要かも」如月は人差し指を自分の唇にあてて考えている。と思う。

「やっぱり地域の平和のため!なんてテーマでは、最近の中学生を動かすのは無理みたいね」

「そうだよ。最近の子供はハッキリしているからね」如月蘭とプロフェシーは顔を見合わせて笑いあう。

「あーっ、このゲームに参加すれば、あなたの一番知りたかったことの答えが出るわよ」

「知りたかったこと?」

「そう、一番気になっていたことよ」

「最終ステージに進めれば、答えを知ることになるわ」

「でもそれが凛にとって、けっして望んでいる答えではない場合もある」

「それは覚悟をしておいた方が良いかも知れないよ」耳元でプロフェシーがささやく。

「それって」あきらかに、知らない方が良かった的な結果だよね?私は直ぐにプロフェシーを手で追い払った。

「それと、ゲームをクリアした暁には、私から素敵なプレゼントを用意しておくわ!期待していてね」如月蘭はそう言うと、原付バイクにまたがって坂道を下って行った。

原付バイクのマフラーの爆音が、周囲の山に反響して鳴り響いている。

「迷惑なんだよ!」去っていくバイクの後ろ姿に、私は叫んでいた。


「遂にきた!」昨夜は、気分が高まって一睡もできなかった。

七月一日朝の七時、もう雨は止んでいる。三日間降り続いた雨で、山の上の地盤もかなり緩んでいるだろう。

普段と変わらない日常が始まっている。これから起きる惨劇を誰も想像すらしていないだろう。

「七時半になったら中村さんにメール送ろう」適当な理由を付けて、担任の服部先生に言ってくれるはずだ。中村さんが言えば服部先生は何も突っ込んでこない。クラスで一番信頼されているから。

お父さんに怪しまれるといけないから、私はいつもの七時五十分には家を出た。

時間を潰すために、滅多に行かない海岸の方まで降りて行く。

目の前に青い空と海が広がっている。水面は太陽の光が反射してキラキラと輝く。

港にはもう仕事をリタイアしたようなお年寄りか、キャリーバッグを持った若いカップルが数組いるだけだ。

夏の観光シーズンにはまだちょっと早い、それでも気の早い外国人が海に入っている。人種によって体感温度にかなりの差があるのかもしれない。

「どこからだろう?こんな風になったのは」ヨットハーバーのデッキにあるベンチに座りながらふと考える。退屈すぎて思考停止していたような日常は、如月蘭の出現でガラリと変わった。

そして、私の意志とは関係なくものごとはドンドン進んでいく。

いつの間にか、三百人の命まで私が背負う形になってしまった。

「できるのだろうか?」素直にそう思う。

「間違いなく反対勢力の妨害は入るわよ!それを攻略してこそゲームは面白くなるのよ」如月は他人事のように言う。

「正直、逃げてしまいたい気持ちも何処かにある」単純に怖いから。

「でも逃げたくない気持ちも持っている」

私は咲の時の後悔を、二度と味わいたくないのだ!

「全力で取り組んだのか?」そう聞かれて、答えられない自分でいたくない。そんな自分は、自分自身が許すことできない。

「なぜなら、私は自分で気づいていた。本気で咲のことを考えていなかったから」

「自分でもよくわかっている」体裁だけとりつくって、咲の本当の苦しみを考えてなどいなかった。

あの後、誰も私を罰してくれないし自分でもどう償えばいいのかわからなかった。

これは、私の宿罪として永遠に消えないものだと思っている。

「ここで逃げたらどうなる?」自分は傷一つ負わないで助かるかも知れない。でも一生立ち直れないような後悔を背負うことになる。

「まあっ、自分の限界までやってみるかな」

「それでダメだったら、それはその時じゃネ」今は、開き直ることしかできない。

「それに、なんだかこの辺の海ってまったりとしているよね」私のユウウツな気分など関係ないような風景に、気分も段々と落ち着いてくる。

「なるようにしか、ならないよ」何とか気持ちの整理がついた。と思う。

そして、静かに繰り返す透明な波の音と暖かい日差しの中で、昨夜の睡眠不足も重なって、私はウトウトと眠りの中に落ちて行った。


「ガタンッ」リュックがベンチから落ちた音で目を覚ました。

「マジでやばい!今何時だ」スマホで時間を確認する。

「ギャッ、一時間も寝てしまった」私はリュックを背負うと、急いで国道まで走った。

「アッ、ラッキー」五十メートル先の信号に美術館行きのバスが停まっているのに気づいた。

「あれに乗れば、山の途中までは行けるはずだ」ウォーミングアップも兼ねて。当初は歩いて現場に向かうつもりだった。

でも少し睡眠が取れたおかげで、頭の中のモヤモヤしたものも消えてスッキリとした感じになった。

「よっしゃー!気合い入れていくぞ」バスの中で大声を出してしまった。


「東雲有栖!」山頂の不法投棄の現場から、数百メートル下った坂道の真ん中に有栖は立っていた。ちょうど、人家が消えた辺りだ。

「キレイ」思わず口から洩れる。

強い太陽の光に照らされて、まるでそこがファッションショーのランウェイのようにも見える。東雲有栖の美しさは圧倒的だ!

「ハーイ、桜坂さん遅いわよ!意外と時間ギリギリに動くタイプなのね」東雲有栖は待ち合わせをしたみたいに軽く手を振っている。

「ごめん、寝坊したのよ」

「フフフッ、余裕があるのね」胸の下まである柔らかそうな髪が、風に吹かれて波打っている。有栖はどんなシチュエーションでも美しさが際立っている。

「ホント、見とれてしまうよ」

「私の役目は、あなたをここに留まらせることなの」

「殺しはしないから安心して」

「少し眠ってもらうだけだから。逆らわなければすぐに終わるわ」と言い終わる前に有栖は動いた。

有栖の五本の指は、鷲や鷹のような爪をした筋張ったものに変形している。

私の首を狙っているのだろう。鋭い爪が喉元をめがけて真っ直ぐ伸びてくる。

私はその手を、左手で外側にはらう。

そして右手の手の平を有栖の左わき腹に強く打ち込む。

有栖は一瞬驚いた表情を見せると、後方にバク転をしながら遠ざかる。

「見える!」有栖の動きは、プロフェシーに比べると遅い。私でも目で追える範疇だ。

「有栖が手を抜いている可能性もあるけど」

「フーン、少しビックリしたわ。桜坂さんて動体視力が良いのね」そう言うと、さっきより加速をつけて仕掛けてくる。

有栖は、素早く私の後ろに回ると両手を広げた。            つづく


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