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妖の唄ー死に逝く者への細やかな贈り物ー


ーー俺に死神がとり憑いた。
鳥塚昭人とりづかあきと』28歳。
『キミは死ぬ』
唐突に現れた女にこう告げられた。
何でもその女は死神らしい。
死が近い人間に対して、死の宣告をするのが仕事だそうで。
俺以外にはその死神は見えないとか。
視覚認識出来るのはとり憑いた俺か、やたらの霊感の高い人間くらいだと。

死ぬ事くらいわかってる。
『末期癌』なのだから。
ひとつだけ心残りがある。
『真希』の事だ。
付き合っていた真希。
極々平凡にこのままいけば結婚すると思っていた。
あんな事が起こるまではーー。

ーー若い男達3人が俺達2人を目掛けて襲いかかってきたのだ。
狙いは金と『真希』だった。
俺は必死に真希を守った。
否、必死過ぎたのだ。
柔道有段者の俺はーー1人を投げ飛ばし……殺してしまった。
投げを打った時の相手の当たり場所が悪かった。
完全な正当防衛は勝ち取れず……刑に服した。
人殺しのレッテルを貼られた真希と別れさせられてーー。
出所した瞬間にこれだ。


『キミ死ぬよ』
いきなり耳元で言われたものだから飛び上がってしまった。
そこには黒いワンピースと長い黒髪を携えた女が居た。
「何なんだ!?お前、どこから入ってきた!?」
『わたしは死神』
ーー俺は死に憑依つかれちまったんだ。

ーー或る日。
妙な男が面会に来た。
『全身黒、スーツに身を包み濃いサングラスをかけた男』
その男は病室に入るや否や、
「居るんでしょ?出てきたらどうです?『こころ』ちゃん」
その声と共にどこからとも無く現れる死神。

「またあんたなのぉ~麒麟」

「よぉ、人情家の死神こころちゃん」
「馬鹿にしてる!」
「してないよ?私は死神という因果な商売人の中でキミが一番好きだがね」
ーー何なんだ!?こいつら!何故この男に死神が見える?
「あの!!」
昭人がふたりの会話を遮るように声を上げる。
「あ、これは失敬。私、麒麟と申します。そこら辺を流離う流れ者でございます。ちょっと、知り合いの匂いがしたもので寄らせてもらいました。」
「なによ?匂いって!!」
呑気な死神こころが割り込んでくる。
「いやいや、いい匂いってことよ」
「んー!!嘘くさい!」
ーー死神と会話するこの男、何者だ?

「えっと…キリンさんはこの死神に会いに来たと……」
「そうなんですよぉ、ちょっとこころちゃん借りますねー」
「え?ええ……」
「ちょっと!引っ張るな!こらっ」
病室の端の方でコソコソと話をするふたり。
「ーーなのよ」
「やっぱり、人情家ですねぇ」
「うっさいなぁ!」
「私、手伝いましょ、こころちゃん」
「あんたの手を借りると後が怖いんだけど」
「でも、正直期待してたでしょ?私が来るの?」
「うっさいなぁ……」
こころが顔を赤らめる。
カラカラと笑う麒麟。
「さて、昭人さん」
唐突に声を掛けられビクッとしてしまった。
「あなた、会いたい人、居るでしょ?」
「え??なんで……」
「こころちゃんが心読んだって、あ、洒落じゃないですよ?居ますよね?」
「え、ええ……」
「その人に会わせてあげます。動ける身体ではないあなたの為に『傀儡』を差し上げます。」
傀儡くぐつ??」
麒麟は懐より呪符を取り出し、呪言じゅごんを唱える。
みるみるウチにその符は子供の姿へと形を変えた。
「そんなに驚かないで……。これがあなたになります」
「でも、これ子供……」
「今のあなたにはコレが動かせるくらいの力しか残されていません。魂の容量はこれが精一杯なのですよ。ここにあなたの魂を移します」
「待ってくれ!これでオレを名乗っても誰も分からないだろ!?」
「うーん、確かにそうかも」
苦笑いで誤魔化す麒麟。
「それはあなたの努力で……」
「おいおい!そんなーー」
「さーあ!いきますよぉ!」
反論の余地なく麒麟は術に入る。
「おい!」
昭人は気を失った。


気付けば見慣れた病室。
あのふたりは居ない。
鏡を見る。傀儡のオレ。
身体には何の痛みもない。
自由に動ける。

とりあえず病室を抜け出して真希の家まで急いだ。
変わらない街並み。
真希はまだ此処に住んでいるだろうか?
『ヴェルズ三番館 505』
ポストの名前は『伊藤真希』
急ぐ心を抑えながら何で言おうか考えながら5階へ。
ドアの前。インターフォンを鳴らす。
頭の中は真っ白だ。
『はぁーい!』
開く玄関。真希が出てきた。
あの頃と変わらない真希が居た。
『あら?どうしたの?ボク。誰かのお家と間違えちゃった?』
「えっと……」
『ん?』
「オレ、昭人なんだ」
『え?アキト君っていうの?』
「トリヅカアキト」
『え?』
真希の表情が変わる。
捲し立てるようにふたりしか知らない事を話し続けた。自分だと分かってもらうために。
『どうなってるの?ホントに昭人なの?』
「わかってくれたか……」
『まだちょっと信じられないけど……』
「オレも信じられないが、魂はこの中にあるんだ」
『昭人自身はどこにいるの?』
「オレ、末期癌で身体も、もう動かなくてーー」
今までにあったことを包み隠さず話した。
『そんな……そんなことって……』
「どうしても会いたくて、聞きたいことがあって……」
『聞くって……?』
「オレと別れた理由。オレが人殺しだから……?」
『違う!!』
「じゃあ……」
『わたしはあなたをずっと待ってるつもりだった。でも、私の両親が……』
罪人の妻にはしたくないってことか。
自分の子供のことを思えばこそ……か。
『昭人がわたしを守るためにこうなってしまったから、わたしは此処であなたを待っていようと……』
「真希……」
『昭人に会えなくても、わたしは独りで居ようって。わたしには昭人だけだったから』
「ありがとうーー」
温かい感情が溢れ出た。
そして、暗転。


「ありがと、麒麟」
「いいえ」
病室にて昭人は穏やかな顔で眠っている。
「おかげでいい顔で逝かせてあげられたわ」
「そうですね」
永久の眠りだーー。
「いい夢を見れたようですね、流石、こころちゃんです」
「麒麟が嘘ついて眠りに誘ってくれたからよ」

傀儡に魂を移すなんて事は行われていなかった。
麒麟は昭人を術で眠らせ、こころは夢を操作したのだ。
そして、寿命の迫った昭人にリアルで優しい夢を。
「しかし、あなたはこの商売に向かないなぁ」
「どうしてよ??」
「優し過ぎるからですよ」
こころは泣いていた。

「泣いてないわよぉ」

「人の死を看取ることに慣れることなく、その都度涙を流しているあなたには死神は向いてません」

ーー現実。
真希はとっくに引越しており、別に彼氏を作って結婚まで決まっていた。
昭人のことなどなかったかのように。
通り過ぎた人はそんな簡単に忘れ去られてしまうのだろうか?

「こころちゃん、現実知ってたんでしょ??だから、せめて優しい夢を」
「もぉー!いいのっ!仕事終わり!ご飯食べに行こっか!麒麟」

「あんたの奢りでね!」

「いいですよ。奢ってあげます」
麒麟は心優しき死神を見て微笑んだ。
「やったー!珍しいこともあるもんだなー!」
はしゃぐこころは何処か無理をしているようだ。
「だから、言ったでしょ?私は死神という因果な商売人の中であなたが一番好きだと」
こころは照れたように言った。
「ありがとう」


[完]




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