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ガラクタを溜め込む理由を考えたことはありますか?「心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ」を読んだ感想

こんばんは
おのでらです。

今日は「心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ」という本をオーディブルで聞いてみました。その中で得た気づきをお話ししていきます


この本のテーマ

「ガラクタを処分する」がこの本のテーマです。
いかに「ガラクタ」が自分の人生の障害となるのかが解かれています。

「ガラクタ」というとあまり響きがいいものではありませんね。
(文字に起こすだけで心苦しいです…)

人にとっては「ガラクタ」でも、自分にとってはそうではないこともあります。ただ、それがあなたの歩みを止めていませんか?と問いかけ、物を溜め込んでしまう、「無意識」について気づかせてくれる本だと思いました。


①ものを手に入れると嬉しくなる理由は苦しみからの解放?

所有することを考えるだけでワクワクしました。それがないので、苦痛を感じたくらいです。確かにそれを手に入れると、喜びが得られました。しかし、その喜びの本当の理由は、「物を手に入れたこと」によるのではなく「欲しくてたまらないという苦痛から解放された」ことによるのです。
言い換えれば、物の恩恵を得た喜びではなく、欲求不満を解消したことの喜びです。

「心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ」 著者:ブルックス・パーマー

これを聞いた時、ドキッとしました。
私は昨日新しいポーチを楽天でポチっと押したばっかりだったからです。

物を買うときは真剣に選ぶのですが、いろんな情報を見るたびに「何を買えばいいのか」踊らされ疲れていることも事実でした。
私の場合は、このスイッチが物を買うために必要なものですが、確かに「悩み続けるのが嫌だ」というもやもやを解消したくてカートに入れている気がしました。
あまりに悩みすぎるので、ボタンを押すと「ふ~」と一息つくくらい安心してしまうのです。

とはいえ、「このポーチやっぱり好きじゃないな」と毎日見るたびにもやもやしていました。アイブロウペンシルは斜めに入れなきゃいけないし、厚みのあるスポンジも入りにくい…。そのモヤモヤを解消するために、1年悩んで買い替えたのでむやみやたらに情報に引っ張られているわけではないと自分では思っています。

「なんか違う」「なんか嫌だ」ですぐに新しいものに飛びつくのは、一時的な欲求不満で、さらなる不満を生み出すかもしれません。

何が嫌なのか、どこが気に食わないのかを言語化し、我慢できる範囲ではないのか、工夫して使えないのかを一旦様子を見ることも大切だと思います。

そのうえで、「やっぱり変えたい」と思うのであれば、情報に踊らされているのではなく、自分の心の声を聴いたうえでの判断として物を迎え入れてもいいのかなと思います。

新しいものを迎えてHappyになる未来が見えるのか、「なぜほしいのか」言語化ができないけど「手に入れたい!」という強い欲求を解消したいだけななのかを天秤にかけて物を見つめることが大事だと学びました。

カートに入れる前に「手に入れたいけど手に入れられない苦しみから解放されたいだけじゃない?」と自分に問いただすことにします。


②目標が自分を縛り付けるガラクタになる

自分は○○な人になります、と宣言が書かれた紙。
一見、やる気があって目標が高いように見えますが、本当にそれは機能しているのかを見直す必要があるかもしれません。

壁に貼られているだけ、物であふれて「景色」と化しているだけ(視界には入る状態)だと、あまり機能していないとどんなことが起こるのか。

結果として、自分はまだ十分ではないという過酷な現実を思い起こすことになっていた

「心の中がグチャグチャで捨てられないあなたへ」 著者:ブルックス・パーマー

結構グサグサきますね(笑)

宣言や目標を目につくところに張ることは悪いことだと思いません。
しかし、達成したら次の目標を建てたり、昔の目標をアップデートしないといつまでもそこにとどまってしまい、進んでいるはずなのに進んでいない感覚に陥るのだというメッセージとして受け取りました。

この本では必要ないものを「ガラクタ」と表現されていますが、目標や過去にまつわるものは「足枷」に近い印象を受けました。

「いつになったら自分の夢はかなうのか」
「いつになったらこの境地にたどり着けるのか」と思った時は、自分を縛っている目標がないかを振り返りたいと思いました。


③誰かを罰するために物を溜め込んでいませんか?

「散らかっているキッチンをそのまま放置していれば、家族が反省してくれる」と思って物を溜め込んでしまうこともあるようです。

この発想はありませんでした。
行動の原理は、誰かに何らかのメッセージを伝えたい、ということらしいですが、多くの場合は無意識です。

そして、このメッセージを他人が受け取ること難しい
→気づいてもらえなくて悲しい
→自分の気持ちを伝えられないもどかしさを感じて自己嫌悪につながる

めちゃくちゃ悪循環だなと思いました。しかし、このパターンに気づくことは相当難易度が高そうです。

ただ、この考え方は何も片付けによるものではないような気がします。
職場や家族、人間関係においても、自分が不機嫌な様子を醸し出して、他人に察してもらうとしたり、思い通りに動かそうとしたり。
そんな行動を周りは理解してくれなくて勝手に怒ったり、と十分にあり得る話だなあと聞きながら感じていました。

不機嫌の原因を作っている(と思い込んでいる)相手に眼を向け、どんどん嫌なところを溜め込むことに労力を使うのではなく、自分がご機嫌でいるためにはどうしたらいいのかを考えることの大切さを学びました。


まとめ

傷つくことを恐れたり、家族関係でうまくいかなかったり、自分を抑えつけた結果、ものを溜め込んでしまう原因を生み出すのだということを痛感しました。

どれも無意識だからこそ、足枷となっていることに気づきにくいので、数十年苦しんでいる人もいるかもしれません。

なぜそれを所有しているのか、なぜ捨てたくないのかに向き合う作業は過去の自分との清算なので、躊躇いが生じることは容易に想像できますが、「この先どうしたいのか」と過去と現在を天秤にかけて判断していかなければいけない時もあるのだと思いました。
上手く進めない、と思った時にはものや過去、目標、栄光と向き合うチャンスだと思って1つ1つ向き合う姿勢を大事にしたいです。

何でもかんでも捨てれば言い訳ではないと思うので、
この本を読んで捨て活ハイにならないように要注意です(笑)

それではまた。
お読みいただきありがとうございました。

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