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自由を求めて〜やっと行き着いたのは本当の自由〜

大学入試に失敗し、地方の大学に通っていた私は、自分の置かれた環境に満足できずにいた。

自分のやりたいことはぼんやり見えていた。でも経験が足りないと思って、いまのこの環境だと自分の未来はないと感じていた。

だから何か人とは違うことをしなければ、と思っていた。高校までもマイナーなスポーツをしていたが、それでは満足できず、さらにマイナーなスポーツをはじめた。でもプロを目指すわけでもないので、部活ばかりにのめりこんでいると、あっという間に4年間終わりそうなことに危機感を感じていた。

だから、自分の視野を広げたくて、大学中に海外一人旅に出ようと決めていた。そのため、部活の傍ら、バイトで海外の資金をためた。東京や大阪で就活も考えていたので、その交通費も膨大にかかると思い、貯金も20万は残して、はじめてヨーロッパに一人旅に出た。たった一週間だったが、何もかもが新鮮だった。

自分で何もかも決めて自由に旅する大学の頃の一つの目標を実現した。

けど、この時感じたのは、自由は責任が伴うと思ったこと。自由と言いながら、周りの制約の中での自由。例えば、お金も決められた中で自由、バイトのスケジュールも協力してもらったうえでの自由、スケジュールも組んでも交通機関も決まっているものの中で乗らなければいけない。

そんなの当たり前でしょ?と思えばそうなんだけど、本当の自由って今思えば、わかっていなかった。

本当の自由は、自分のやりたいことだけをしていることだけでは実現しない。

なぜならば、やりたいことを好き勝手している分、好き嫌いがはっきりしてしまう。

好き嫌いがはっきりするのは、嫌いもたくさん作ること。じつはそれって自由に生きているのではなく、ただエゴを強めているだけ。当時はそんなことには気づかなかった、いや社会人になってからもしばらく気づけなかった。

だから毎月の収入だけでは不安で、もっとお金を稼いで海外で自由な暮らしをしたいとか、非日常ばかり妄想していた。

そんな考えが変わったのも、社会人5年目。就活ぶりに人生を真剣に見つめなおした。

そして本当の自由とは何かを知った。

本当の自由とは、自分のエゴではなかったと、心を見つめることで学んだ。

思えば反抗期の頃から自由を求めて、海外や旅や何か刺激のある、知識や人がしない経験をすることを追い求めてきたけど、それは一切違ったんだと悟った。

本当の自由は相手をも救うこともできる、見返りのないものだった。好き嫌いを強めることとは真逆だった。

それに気づいたときから、私の人生、ここから大きく変わった。もう人生変わらないと思っていた27歳だったが、変わることができた。

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