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(ssBL小説) 夢の中で君と

 暗い闇の中、成瀬和志は一人膝を抱えうずくまっていた。

 何もない、ただ暗闇が続いている風景。だが、和志にはわかっていた。
 
 これはまぎれもない夢だと……。

 そう、もう何度も見ている夢。なのに、どうしても身動きが取れなくなる。
 
 不意に誰かの誰かの声が聞こえた。自分を蔑み嘲笑う声。

 その声はやがて渦を巻き、黒い人影となってゆく。

 そして、声は次第に増えていき、和志の周りを囲んでいった。どんなに耳を塞いでも鳴りやまない、頭が狂いそうになる。 

 突然、黒い人影が和志の背中を蹴り上げる。その勢いで下に這いつくばるような状態になったが、和志は抵抗しなかった。その抵抗は無意味だと知っていたから。

 なんの抵抗もせず、声もあげず、ただ嵐が過ぎ去るのを待つ。

 誰も自分を助けない、誰も助けられない、誰にも助けて欲しくない、誰かが自分の為に傷つくのはいやだ。だから、誰も助けなくていい。

 でも、本当は……?

 どこまで我慢すればいいのか、終わりはあるのか、何時まで我慢できるのか、そんな思いだけが和志の心を支配していった。

(誰でもいい、僕を助けてくれ)
 
 そう、心の中で呟いた。

 その言葉を待っていたように、一筋の光が和志を照らし始めた。その光はとても暖かく和志を包み込んでゆく。そして、いつの間にかその光によってかき消されるように、黒い影たちは消えて行った。         

 光は和志の体を離れ、ゆっくりと集合し、一つの球体となる。その光に向かって手を伸ばせば、自分の手を握る温かな手があった。その手の暖かさに手を握り返せば、光は人の姿となり和志にとても優しい笑顔を向けている。それは和志のよく知る人物。

 彼の名は岩倉大智。言わずと知れた5人組のバンド『オアジ』リーダーである。

『オアジ』は5人で構成されているロックバンドだ。メンバーは個性派ぞろいだが反発することなくまとまりがあるグループ。

 和志は、このバンドのギター兼俳優をしている。

 大智はこのバンドのリードヴォーカルで、バンドのリーダーを務めている。だが彼は、リーダーなのにリーダーらしきことは一度もしたことはない。そういうことは、ドラムの中沢奏にまかっせっきりで本人は何をしているかというと、何もしていない。

 歌がずば抜けてうまく、色々なジャンルを歌いこなせ、歌唱力はトップクラスと言われていた。そして、寡黙で観葉植物のようにそこにいるだけなのに自然と人が集まる。ギターの千葉健は、「リーダーはいるだけでマイナスイオンを放出している」とか、ベースの高坂遼は「リーダーの歌は人を引き付けるし、人を癒す力があるし、たまに説得力のあること言うから」

 だそうでメンバーの評価も高い。

 彼は何をするわけでもなく、ただ和志の横に座った。それでも繋いだその手は、ほどかないままで。

 彼がいるだけで周りの空気が変わっていくのがわかった。闇はゆっくりと晴れていき、景色が色を取り戻し鮮やかになっていく。和志の暗く閉ざされた心でさえも、闇がはれていくようなそんな気がしていた。

 何時からだろうか、彼がいるだけで癒されていたのは。繋いでいる手から伝わる温かな体温に何度救われたことか。

「カズは優しいからそんなに苦しいんだね」
 
 その優しい声音に、和志は静かに首を振る。今まで他の人に優しいと言われたことはあっただが、自分では優しいと思ったことは一度もないからだ。

 和志は誰も傷つけたくなかった、自分も傷付きたくなかった、だから人を遠ざけた。それを優しいとは言わない。

「俺は優しくなんてないよ」
「カズは優しいよ。とても優しい人だよ」

 また優しい笑顔で言う彼に、優しいのはアンタだよ。と言ってやりたかった。気づいたら和志の目から涙が溢れていた。

「カズは泣き虫だなぁ」

 少しからかうような言葉に顔を上げると、その笑顔は涙で濡れていた。思わず、

「アンタもだよ」

 と、言ったら、彼は一瞬目を丸くし、またすぐに笑いだした。つられて和志も笑っていた。

「カズ、忘れないで。カズにはオイラがいる、皆がいる。ずっと傍にいるから」

 その言葉に更に涙が溢れていた。手で何度も涙を拭ったが、全く止まらない。彼はそんな和志を抱き寄せ子供をあやすように頭を撫でた。

 けど、わかっていた。これはまぎれもない夢だと。そう何度も見ている夢なのだ。

 だから、いつもの答えも同じ。

「なあ、俺の願いを聞いてくれるか?」
「いいよ。カズの言うことなら何でも聞いてあげる」
「俺を殺してくれないか?」

 その一言に彼は目を見開く。だが、少し考えるふりをして和志に向かってにっこり笑った。

「カズは死にたいの?」
「そうだよ、もう終わりにしたいんだ」
「苦しいの?」
「ああ、もう楽になりたいんだよ」
「わかった。殺してあげる」
「良かった。アンタに殺されるなら本望だよ」

 大智の手が和志の首に伸び、ゆっくりと首を締めあげてゆく。

 和志は息苦しさで目を覚まし、飛び上がる。知らずに息を止めてたようだ。

 むせるように肩で息をし、何度か深呼吸をしながら息を整える。着ていた寝間着は汗で濡れべったりと体に張り付つき、気持ち悪さと鬱陶しさで和志は顔を歪ませた。

 仕方なしにベッドから降り、浴室へと向かう。浴室の鏡に映る自分は酷い状態で、目には生気がなく目下には濃い隈があり、肌荒れもしている状態だ。

 そんな自分を見ながら思わず思った。

(こんな俺を見ても、ファンの子たちは俺を好きでいてくれるだろうか?)

 浴室から出ると、携帯電話がけたたましく鳴っていた。携帯のディスプレイにはマネージャーの名前が記されている。

「はい」

ー和志さん、あと20分程で到着します。準備お願いしますー

「わかった」
 
 抑揚のない声で言い電話を切る。

 和志はクローゼットを開け、ハンガーにかかってあるTシャツとジーンズを取り出した。ミュージシャンとは思えない程、お洒落とは無縁の世界に生きている人間にとって服装など何でもいいのだ。

 会社からは『お前、ミュージシャンなんだから服装にもっと気を使え』と言われるが、メンバーからは『それも個性』で終わってしまった。
 


 楽屋に案内され中に入ると、そこにはまだ一人のメンバーしかいなかった。椅子に座りテーブルに両肘をつきながら漫画本んを読んでいる。いつも見ている光景。

「おはよ、大智」
「カズおはよ。この間のドラマ観たぞ! すげぇ良かった。俺、感動して泣いちゃったよ」

 待ってましたとばかりに、顔をあげ目を輝かせてくる。この子犬のような瞳にファンやメンバーは癒されている。

「そうなんだ。それはありがとうございます」
「やっぱ、カズは凄いな」
 
 自分の事のように嬉しそうに語るダイチに、笑顔を向けながらも疑問符が浮かぶ。

「アンタ、今日は随分と饒舌じゃない? 普段は俺の作品とかあまり見ないでしょ?」
「見るよ、失礼だな! メンバーのはちゃんと観てるっていってるだろ?」
「そうでしたっけ?」
「そうだよ。 この間だってカズの主演映画見たんだぞ」
「マジで誰と?」
「一人で」
「アンタ友達いないもんね」
「お前もいないだろ!」
「俺のは友達がいないんじゃなくて少ないの」
「俺だってそうだよ」
「ファンとかに気づかれなかった?」
「まったく」
「それ、芸能人としてとしてどうなんだろうね?」
「いや、きっと、気づいていても気づかない振りをしてくれていただけかもしれないぞ」
「アンタのオーラがないだけかもよ?」
「そうかもな」
「そこは認めるなよ」
「俺は省エネタイプだから仕事とかライブでしかオーラを出さないと決めている」
「自由自在なんだ」
「そうだ、うらやましいだろ?」
「いや別に」

 いつも通りの馬鹿な言い合いをし、ふいにカズシは思った。夢で自分が言った一言を今、ダイチに言ってみたらどうなるのか? と。

「なあ、俺の願いを聞いてくれないか?」
「俺ができることならね」
「アンタならきっとできるよ。むしろアンタにやってほしいんだ」
「何?」
「俺を殺してくれないか?」

 二人の時間が一瞬止まる。大智は和志の言葉が理解しきれず固まっているようだった。仕方なく、もう一度言う。今度は、はっきりと。

「俺を殺してくれないか」
「急に何言ってんだよ、冗談キツイよ。またあれか? ドッキリか? どっかに隠しカメラとかあんだろ?」

 どこにあるんだよ。と、言いながら立ち上がり、周辺を見渡したりカメラを探している。

「そんなもんねーよ」
「だっておかしいじゃん、急にそんなこと言うなんて」
「急じゃないし、冗談でもない。ずっと考えてたことだから」
「考えてたって……」
「なあ大智、俺を殺してくれよ」
「それはダメだ。絶対だめだ。なんでそんなこと言うんだよ」

 夢とは違う展開に和志は眉を顰める。

「苦しいんだ。もう、終わりにしたいんだよ」
「終わりにって何をだよ」
「すべてだよ」
 「すべてって……苦しいならなんでいわねぇんだよ! 俺は頼りになんねぇかもしれないけど、遼ちゃんとか奏クンとかなら話聞いてくれるし、答えも出してくれるかもしれないだろ? 健ちゃんはちょっと天然入ってるけど、カズのこと一生懸命考えてくれるよ!」

 大智の必死な表情を見て和志は首を捻る。予定ではこんなはずではなかった。

「おかしいな、夢では俺を殺してくれるのに」
「夢ではってなんだよ、夢では俺がお前を殺すのか?」
「そうだよ、俺の願いを叶えてくれるんだ」
「カズ、これは現実だよ。現実の俺はお前を殺したりしないし、自殺もさせない」
「それは残念です」

 うっすら笑い踵を返し歩こうとするが、その腕を掴まれる。

「どこ行くんだよ」
「貴方が殺してくれないなら、他に頼むか自分で死ぬかです」
「どこにも行かせたりしねーぞ」

 次第に力がこもっていき和志は痛みで顔を歪ませる。

「離してください。痛いです」
「離さない。助けることが、殺すことなんておかしいよ」
「そうですか?」
「死ぬことが助けることなんてありえないよ。お前は死んで楽になるからいいけど、残された俺はどうすればいいんだよ」
「俺なんかに付きまとわれなくなってうれしいじゃないですか」
「ふざけな! 好きな奴殺して平気で生きてられるわけないだろ。それとも何か? お前は好きな奴を殺したっていう罪を背負って生きて行けっていうのかよ」
「アンタが俺を?」
「俺はカズが好きだよ。どうしようもないくらいに、すごく好きだ」
「嘘言うなよ」
「嘘じゃねーよ! 毎日、お前のこと考えてる。」
「俺がちょっかいかけると嫌がるじゃないですか」
「それは、集中してる時に何度もやるからだろ」
「まあそうですけど、俺じゃなくても楽しそうじゃないですか」
「そりゃあ5人でいる時だって楽しいよ。でも、カズと二人で仕事してる時すごく楽しいよ」
「でもアンタ、遼が一番て言ってたじゃないですか!」
「言ってないよ」
「ああすいません、誰でも好きなんでしたね。俺そんな誰でもいいっていう人好きじゃないんですよ。俺は俺だけが好きな人がいいんです!」

 言い捨てるように言い、手を払いのけるがそれでもまた手を握られる。

「俺は和志が好きだ。それはこれからも変わらない!」
 
 叫び、和志を思い切り抱きしめる。

 大智の体温を感じる。それは夢ではない。そう思うだけで和志の目頭が熱くなる。

(本当にこいつは何なんだ、何でこんなにも優しいんだよ)

 大智を拒否するように自分から引き剥がす。それでも大智は和志の手だけは放そうとはしなかった。それを見つめながら、

 「頼むから俺の事嫌いになってくれよ。拒絶してくれよ。気持ち悪いって近づくなって言ってくれよ。そしたら俺アンタの事諦めるからさ」
 
 涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ笑う。
 
「そんなこと絶対に言わないよ」
「なんでだよ。あああれか急によそよそしくなったら周りが変におもうから。でも俺演技派よ、そんなこと思わせないように周りを欺く自信はあるよ」
「そういうことじゃねぇよ」
「じゃあなんなんだよ」
「そんなこと言ったらカズ壊れちゃうじゃん」
「何言ってんだよ、俺が壊れるわけないじゃん。もし壊れるとしたらアンタに会う前からとっくに壊れてるよ」
 
 呆れたように笑う。大智は和志の頭を子供をあやすように頭を撫でる。
 
「ごめんな、俺のせいでカズにつらい思いさせた」

 その言葉で自分が報われたような気がして和志はまた泣いた。つられて大智も泣いているのが分かった。

 暫く二人で泣き続け、ふと変な疑問が浮かんだ。

(時間はかなり経っているはずなのに、なぜ誰も来ないのだろうか?)

 そして和志はあることを試してみることにした。

「大智、俺の事好き?」

 うん。と恥ずかしそうに頷く大智に笑みを浮かべ、ならば何しても構わないはず。

 和志は手を服の上から滑らせるように智の胸をまさぐる。

「カズ、何してんの?」
 
 いぶかしげな表情で自分の胸にはい回る和志の手を掴む。

「胸をまさぐっておりますが」

 可愛らしい笑顔を向けもう一度動かそうとするが、

「なんだよ、いい雰囲気だったのに台無しだよ!」

 ぺちっと手を叩かれる。

「いいじゃないですか。貴方と私の仲でしょ?」
「そうだけどさぁ」
「そこは認めるんですね」
「違うのか?」
「いえ、間違ってませんよ」

 言って、大智を押し倒そうとするが、それに負けじと両腕を突っ張らせ抵抗する。

「ちょっと駄目だって!」
「よいではないか。よいではないか」
「ダメ!」

 その声と同時に和志は突き飛ばされ、体制を崩し倒れる。そして、体に衝撃と痛みが走った。それと同時に和志は目を覚ました。

 どうやら和志はベッドから落ちたようだ。

「……ってぇ」

 痛めた体を擦り、周りの状況を確認した。カーテンから漏れている日の光は朝だと言わんばかりに和志を照らしている。

「夢オチかよ。わかっていたけどさ……」

 軽く伸びをしながら起き上り、仕事行くか……。と、呟き、すばやく身支度をすませ部屋を出た。

 大好きな彼に会えると思いながら。 
 

終わり


あとがき

皆さん、こんにちはさきとです。この作品を読んでくださってありがとうございます。

今回の作品は、かなり前に完成させていたのですが、あくまでも友人(一人)に見せていたレベルで、お外には出せない代物だったため、書き直したしだいでございます。

感の鋭い方は「あれ? あのグループの同人パロかな?」と、思う方もいらっしゃると思いますが、そこは口に出さず心に閉まって頂けると幸いです。

この作品を読んでくださったすべての皆様に感謝と愛を!
それでは次の作品で会いましょう!



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