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僕はどこにいる

待ち合わせが初めて行く場所だったので、少し早めに家を出ることにした。
電車に乗って窓の外の景色を眺めていたら
「〇〇さん?」
僕を呼ぶ声がした。
声の方を向くと知った顔があった。
「ああ、お久しぶり」返したものの名前が浮かんでこない。
何年か前に通っていた店でよく会っていた女性だった。

「ずっと会いたかったんですよ、〇〇さんに。お礼言いたかったんですよ。」
それほど親しい間柄でもなかったし、長く話した記憶もない。

「あの時〇〇さんに言われた言葉で仕事辞める決心がついたんですよ」
僕が彼女に何かを言って、それで彼女が仕事を辞めた?
なんのことだ?
彼女は僕と誰かを間違ってるんじゃないか?
正直に聞いてみた。

「昔のことを忘れてしまって、その時のことを覚えていないんだけど僕は何を言ったの?」
まだ彼女の名前を思い出せない。

彼女は前後の話を詳しく話して、僕が言った言葉を教えてくれた。
たしかに僕が言いそうな言葉だったし、人違いではなさそうだ。

電車が停まって扉が開いた。
「あ、私ここで降ります。とにかく色々とありがとうございました」
そう言って頭を下げてから彼女は電車を降りて行った。

彼女が言った言葉が本当だとしても、僕は彼女に仕事を辞めさせるつもりで言った言葉では無かったと思う。
自分の言葉をキッカケに誰かが新しい環境で今を過ごしている。
そう考えるとなんだかとても妙な感じがした。

僕が降りるのは次の駅なんだが、さっきから聞き覚えのある駅がアナウンスされている。
知らない土地で初めて乗った路線なはずなのにアナウンスから流れる駅名を聞くとなぜか知った駅名ばかりだ。
それは待ち合わせの駅を聞いた時も聞いたことのある感じがしていたけれどテレビや雑誌で入った情報をただ覚えてるだけだろうと思っていた。

でもそうではなかった。
駅に着いて時間があったので少し歩いてみると、通りも看板にも見覚えがある。
商店街を抜けて角を曲がると古い喫茶店があったように思う。
どの景色も僕が見たことがあるものだった。

僕はいつかこの場所に来ている。
ある時に僕はこの電車に乗って、この駅で降りた。

喫茶店の前で僕は立っている。

いつ僕はここに来たんだろう。
覚えているのは本当に僕の記憶なんだろうか。
いつかここに来た僕と今の僕に繋がりはあるんだろうか。
電車で会った彼女はどっちの僕と話したんだろうか。
過去の自分と今の自分とが上手く結べない。

待ち合わせの時間が近づいている。
でも僕は肝心な事を思い出せないでいる。
僕はいったい何の為にここに来たんだろう。

どれもこれも忘れ去っていく。
過去など要らぬと強がりながら、僕は途方に暮れている。






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