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完璧を求めて

「ここに入る言葉は一つしか無いから。」
まだ学生だった彼が僕に言った言葉だ。

シナリオ用紙を前にして彼の持つペンが長い間止まっている。
完璧を求めていつも苦しみながら書いてる。
彼に対して僕が持っている印象だ。

たった一つのセリフを見つけ出すまで何日もかかる時もあった。
辛くて孤独な時間だったと思う。
それでも彼は映画のシナリオを書くことが好きだった。
ようやく見つけた言葉によって全てが繋がる面白さ。
その喜びを知っているからこそ、どんなに苦しくても諦めようとしなかった。

そんな彼が書いたものをもっと読んでみたかったけれど、そうはならなかった。

書く度に彼のシナリオが完成するまでの時間がかかるようになっていく。
言葉を探す事に時間をかけ過ぎて、完成させるまでの気力が途中で無くなってしまう。
そういうことが何度かあった。

数年後「俺はもう何も書けないし、何も書きたく無い」
そう言って、書くことをやめてしまった。

その時僕が思ったことは
完璧を求め過ぎて未完成に終わるのなら、完遂する事を目標に出来なかったのだろうか?
色んな制限があったのかも知れないが、その中での楽しみ方もあったんじゃなかろうかと。

もちろんそれは僕の物事に対する考え方がそうだというだけで、彼は到底納得しないだろう。
彼には彼の考えがあって、彼の生き方がある。

僕は何事においても彼の様に完璧を追い続けようとはしない。
それよりも、今ある範囲の中で出来る事を考える。
その結果、完成度は高くは無いかも知れないけれど形にはなる。
それで良いと思っている。
それがその時精一杯やった結果だと納得する。
甘いと思われる人も居るかも知れないけれど、どういったものであれ形にする喜びというものもあるのだ。

彼と僕はタイプは違うけれど、どちらも相手の事を認め合っている。
自分と違うから面白いのだろう。
彼と出会ってからずいぶん時間が経ったけれど、今も付き合いは続いている。


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