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50代のおばさんがうつ病になりました。④

 昨夜頂いて帰ってきた病院案内のパンフレットを頼りに、バスを乗り継いで救急車で運ばれた脳外科病院へ。
 受付で昨日救急で来た旨伝え、順番を待つ。
 昨夜は照明が落とされていて病院の規模がわからなかったが、今日まじまじ見渡すと大きな病院だった。
 救急も受け付けているし、病床数も多いんだろうな、病院って名乗ってるぐらいだしね。なんて考えながら待合室の水槽を覗く。水の揺らぎに癒される。このまま、ずっと眺めていたい。
 
 待っている間に、何組もの救急患者が担架に乗せられ運ばれてきた。
 頭から血を流している職人風の男性や、高齢の男性、若い大学生風の男性もいた。
 どなたも、緊迫感を帯びた患者ばかりだ。一刻を争うとはこのことだろう。とても私の時とは比べモノにならない。側から見れば、私も生死を彷徨うような患者に見えたのだろうか。当の本人は、もちろん辛く苦しかったのだが。

 昨日、私を運んでくれた救急隊員は来るかしら、と患者が運ばれてくる度に確認するが、どの隊員の顔もピンっとこない。
昨夜は夜勤だっただろうから、翌日の日中はいないか。実際に彼等だったとしても、声なんてかけられる状況でもないし、どうすることもできないのだが。

 とにかく、長く待たされていたので、水槽と救急搬送とを交互に忙しく見つめて時間を過ごした。

 先程まで、緊迫感を帯びて生死の堺にいたと思われた救急患者が、次々と治療及び検査等を終えて廊下に出て来た。
 頭から血を流していた職人風の男性も歩いて出てきた。車椅子の方もいたが、それぞれ同行者と一緒に帰っていく。
 特に脳に問題はなかったということだろう。先程の緊迫感のある状況から一転、皆穏やかな表情だ。
 あれだけバタバタと緊急性を帯びた状況を見せられると、こちらも他人事ではない気持ちになる。ハラハラとさせられ、ザワザワと胸が騒ぐ。

 そのうちに私の名前が呼ばれた。
 診察室に入ると、そこにはパンフレットに顔写真が載っていた白髪紳士の院長先生が、私のものと思われる脳内の輪切り画像を、目を細めてじっくり丁寧に観察してくださっている。
 「カンネルさん!」(実際は本名で)と大きな声で点呼され、「はい!」と私もつられて大きな声で返事した。
 席に座るように促され、座ると同時に院長先生は私の目の前で、パンっ!と両手のひらを打ち「問題なし!」大きな声で言った。
 私は思わず、あの『技のデパート』と言われ小兵ながら小結まで登りつめた舞の海関の猫だまし思い出す。
 私は猫だましという名のめくらましにあい、目をぱちくりとしてしまった。何が起きたのだ⁈
 院長は何もなかったように続けて言う。「何も問題はありませんからお帰りになって大丈夫ですよ。良かったね」
 はぁ〜そうですか、良かったぁ…って、いやいや!
「しかし先生、昨日の目眩や頭痛はとても気になります。脳に異常がないのなら、何科を受診したら良いのでしょうか」私は、院長の猫だましで大事なこと聞かず立ち上がりそうになった。
「あぁ、それはストレス。問題ないよ」と院長。
 そっか、ストレスって問題ないのね。はい、わかりました。
「ありがとうございました」と言って席を立ち診察室を出た。
 この先生には何の相談も出来ない。これ以上聞いたら猫だましではすまない技を繰り広げてくるかもしれない。と悟り、診療費等を支払い病院を後にした。

 バス停で時刻表を確認すると、次のバスまで15分位待つようだ。

 はて、私のこの症状はいったい何からくるものなのか。得体の知れない不調を更年期障害と結びつけがちだが、私はこれに関しては治療中である。『更年期障害からくる自律神経の乱れ』更年期障害と自律神経失調症はセットのようなイメージもあるので『自律神経の乱れ』は身近な言葉だった。
 かつて、自律神経失調症で入院した上司がいたことを思い出す。放っておくと入院するほどに重症化してしまうのかもしれない。
 入院なんてなったら大変だ。私がいないと仕事も回らない、家庭も回らない、母の介護の件も誰が行くのか。何としてもこの不調を軽症のうちにどうにかしなければ。

 Googleで「自律神経失調症 何科」で検索すると、心療内科と答えてくれた。
 私は前に別件で相談をしたことのある心療内科を思い出し連絡をしてみた。
 昨日からの出来事を簡単に話し、自律神経の乱れではないかと自分では思っていると伝えた。
 初診の予約は意外と早い時期にとれた。これで安心だ。
 予定のバスも来たので帰路に着く。酷く疲れを感じたのでバスの座席に座ってから目を閉じた。寝るわけにはいかないが、目を瞑るだけで少し楽になる。

 自宅に戻り、バッグの中を整理しながら、自律神経失調症の治療について考えてみる。体調の整え方を教えてもらったりするのだろうか。疲れた身体にはビタミン剤でも注射してくれるかもしれない。
 するとバッグから本日受診した脳外科病院のパンフレットが出てきた。用事も済んだし、たぶん今後行くこともなさそうなのでゴミ箱に捨てようかと思ったが、あぁ、私に猫だまし技を使う院長の話しを家族に披露しなくてはならない。捨てるはまたの機会にしてもいいだろう。


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