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50代のおばさんがうつ病になりました。⑧

 さて、「うつ病」を受けいれ、治療に専念することに決めた私。
 まずは、当面の仕事の休業宣言を関係各所に連絡を入れる。具体的な病名を言うと面倒なことになりそうな気もしたので、体調を崩した程度で説明した。
「仕事復帰の際はまた是非よろしくお願いいたします。」
その時は、一カ月程度で復帰する気満々でいた。
 問題はアルバイト先であった。このアルバイトだけはこれを機に退職させてもらうつもりであった。詳しくどんな職種かは書かないが、職場内の環境が私には合わないと感じていたこともあり、病名もきちんと明かして一旦辞めさせてくれるように申し入れた。しかし、これが、受け入れてくれないのだ。正直、上司はパワハラ気質があるし、人員が非常に定着しない職場ではあった。ここでまた一人減るのは困るのだろう。その辺のところも理解していたので、いっそのこと辞めて健康な新人さんに入ってもらった方が良いと私なりの配慮をしているつもりもあったのだが。返事は待ってくれと言われ、毎週のように電話があり、「1時間でも体調をみながら出勤してくれないか」と言われ。「無理です」あの職場に出勤したらもっと症状が重くなるだろう。こんな具合で退職まで三ヶ月程かかってしまった。

 残るは母の介護だ。

 医師の言う通り、服用したミルタザビン錠は3日程で効果を実感した。というより、3日前まで頭の中が曇っていたような、蜘蛛の巣が巣くっているような状態だったことに今更ながら気がつく。服用したミルタザビン錠によって、頭の中の蜘蛛の巣が少しはらい落ちたような、少しクリアな部分が感じられたのだ。

 あぁ、そうなんだ。これなんだ。

 と、少しづつうつ病を理解していく。うつ病とは、てっきり心だけの問題だと思っていたが、脳の病気でもあるのかもしれない。

 母のところに行こうと予定していた日に、少し脳が軽くなったことは幸いであった。母の家に行く前に、ホームセンターで、大きな外用の蓋付きゴミ箱を買って行かなくてはならない。
 ゴミの個別回収の申請が通ったので用意しなくてはいけないのだ。ヘルパーさんにお願いできないものかとケアマネジャーさんに聞いてみると、ヘルパーさんの契約時間内にゴミ箱の買い物ができない可能性があるから、ご家族で用意した方が良いとのことだった。
 仕方がない。いざ、ホームセンターへ。
 外へ出て呆然とした。異常に眩しい。夏の日差しだからだろうと、サングラスをかけた。まずバスに乗り込むと沢山の乗客に酔いそうになってしまった。こんなことは初めてだった。目的地まで目を瞑って我慢した。
 ホームセンターに到着。ホームセンター内も異常に感じた。陳列された商品が迫ってくるような感覚に襲われる。そして、私は何処へ行くべきなのか頭の中の情報処理ができない。ゴミ箱だから家庭用品売り場を目指すべきはずなのに、どうしたら良いのか時間がかかってしまった。なんとか大きなゴミ箱を見つけてレジに並ぶが、動悸がして涙が溢れそうになってしまった。早くこの場から外に出たい!沢山の買い物客も沢山の商品も私の視界に入ってくるものが怖い。こんな感覚は初めてであった。
なんとか買い物を終えて電車に、大きなゴミ箱を抱えて乗り込む。
 電車には座ることも出来たので、ゴミ箱を膝に乗せ抱えこみ、ゴミ箱におでこを預けて目を瞑る。ぐったりと疲れが身体をめぐり、気持ちも沈む。
 私、こんなこともできなくなっちゃったんだ。情けなさでいっぱいになった。

 母の家に到着して、玄関横にゴミ箱を設置する。
 母は私の顔を見るなり「疲れた顔してるわね。わざわざ時間作ってくることないよ。こっちは大丈夫だから」と、私の顔つきで見透かされたようでドキっとした。私は「そう?私は大丈夫だよ」と、安心させようと台所で片付けをするふりをして母から離れた。これ以上疲れた顔を見せないために。
 毎日の宅食配達のお兄さん、ヘルパーさん、看護師さん、入浴サービスに訪問医療と、以前に比べたら、母を見守ってくれる方たちが増えて安心した一方で、日に日に弱っていってるのも明らか。宅食のお弁当も喉を通らないと言う。そして、腹水のせいでお腹もどんどん大きくなっている。
 私自身も、何か母のために俊敏に動いてあげることが難しくなったことを、今日の情け無い買い物状況で確信した。

 そこで私は、母に入院を勧めてみた。まず、入院をすれば、24時間看護してもらえること、食欲がない代わりに点滴等で栄養を補ってもらえること、なんと言っても、母がこの家にひとりでいると思うと私自身が心配でならない、と。
 強気の母も、自分の身体が弱っていくにつれ心細くなってきたようだ。私がここに引っ越して来ることは絶対的に拒否されたが、入院には素直に応じてくれた。
 訪問医療の医師とは、いつ入院となっても受け入れてくださると相談はさせて頂いていた。それだけ、いつどうなってもおかしくない程、母の身体は弱っている。

 そして数日後、医師が来てくださり、腹水を抜くために病院連れて行くからそのまま入院しましょう。と医師からも母への念押ししてくださった。

 そして入院の日。その日のうちに腹水を抜く処置を行った。腹水は3リットルもお腹に溜まっていたとのこと。
 母も少し身体が楽になったと、清潔なシーツのベッドの上で言っていた。そして、常に人の気配のある病院内、代わる代わる看護師さんが様子を看に来てくださるから不安も解消されたようだ。
「ここは天国だね」なんて言う。
「だったらもっと早く入院すれば良かったね」と私も笑った。

 病院は、コロナ感染予防の影響で面会は予約制週一回30分。

 私自身も安心して自身の病気に向き合って治療に専念することができる。
 但しその一方で、買い物ひとつするのに頭が働かない、というのか考えることを拒否しているというか、自分がダメ人間になっていく様をまざまざと思い知ってしまった。
 私のこのバグった脳。これは一ヶ月程度の休養で治るものなのか。どうやら私はうつ病というものを甘く見ていたようだ。

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