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三十日祓い

「確かにT字路とかY字路みたいな複数方向に道が分かれてるようなところには、そういう災いだったり悪いモノが集まるっていう話が昔から信じられていますね。しかし、これは逆に言えば、我々はその場所で悪いモノを置いていくことが出来る、とも言えると思います。何らかの囮を使えば、それらを三又の迷路に閉じ込めておける。実際こういう理屈で行われる宗教儀式も日本にはあるらしいですよ。まあ、向こうの存在が我々の世界をどう認識しているのか分からない以上、全く意味が無い可能性もありますが(笑)
なのでホラー作品等を鑑賞するときは気をつけてください。ああいうのって誰かが怖がるだけでも悪い気みたいなものが寄ってきちゃいますし、あなたが怖がった時、それらとあなたは、一直線で繋がっていますからね。」



│AM 0:05   [▶ 4:49]│


みそかっぱらい、って聞いたことありませんか?

大晦日の日に、神道で使われる御幣を持って家の中の風呂やトイレ、物置も含めた全ての部屋を回り、最後にその御幣を家の外のどこか三叉路になっている場所の土に刺しておく、っていう、儀式というかイベントなんですけど。理論的には、御幣で家中の瘴気や悪魔をおびき寄せ、集まったそれが一直線に家に戻ってこないように道が二手以上に別れた三叉路に置いて迷わせておくんだそうです。関東では割と有名らしいですね。
僕の実家は典型的な神仏習合の宗教に入ってるタイプで、おじいちゃんが昔から地元の神社の神主さんや寺の住職さんと親交があったものですから、まだ"みそかっぱらい"みたいなことを結構やってたんですよ。また、実家は道路の行き止まりに建っている家、風水では「路殺」と言って災いが溜まりやすいとされる立地だったので、そういう事情も関係していたのかもしれません。
年末年始の時期になると、神社から御幣を貰って、和室にある神棚に大晦日まで置いておきます。大晦日になったら、例によってその御幣と一緒に家の中を回り、外に出て小屋の中を回ります。門から続く下り坂を30mほど行ったところにちょうど田んぼの方に続く道とお寺の方に続く2つの道に分かれるY字路にあたるので、そこの地面に御幣を刺したら、終わり。
みそかっぱらいは僕が小さい頃からおじいちゃんがやっているを見ていたので特別不思議とも思わなかったし、やるのが当たり前だと思っていましたね。

大晦日の日は、みそかっぱらいもあるし元旦も家族で初詣に行くのが決まりだったので、毎年実家で家族と忘年会をするのが通例でした。みそかっぱらいをするのは毎年おじいちゃんで、大体夕方6時を過ぎて暗くなってくると、神棚に手を合わせたあと御幣を持って家の中を回りました。これは一家の長男の役目だから、いつかやる時のためにちゃんと見て順序を覚えておけ、と耳にタコができるほど父に言われていたので、家の中を回って御幣を振るおじいちゃんをテレビ片目に眺めていたのを覚えています。ただ、御幣を刺しに行くところは別で、暗くて危ないからみたいな理由で見に行っちゃダメだと言われていました。
僕の家計は代々大酒飲みの大食らいが多くて、親戚のおじさんやおばさんもそういう人ばっかりだったんですけど、その中でも僕のおじいちゃんは群を抜いていて、人が飲んだら死ぬんじゃないかって量の日本酒を飲み出てきた肉は骨まで食べたりするような人でした。誇張ではなくて、本当に骨までバキバキ言いながら食べてたんです。だから小さい頃はおじいちゃんが怖くて。僕が小学1年生に上がる時にぽっくり死んじゃったのであんまり話した記憶もないんですよね。なので僕が覚えているおじいちゃんの記憶はいつも骨まで肉を食っているか、みそかっぱらいをしている姿しかありませんでした。

おじいちゃんが亡くなった後は、決まり通り長男である僕のお父さんがみそかっぱらいをするようになりました。その頃には僕もわざわざみそかっぱらいをわざわざ眺めることも無くなってましたね。小学校高学年にもなれば、みそかっぱらいなんかよりも当時流行っていた妖怪ウォッチ2の方が何倍も面白かったですから。
それに学校の友達でこんなことをやっている家なんてなかったですし。これ本当に意味あるの?と半ば冷めていた僕とは逆に、3つ下の弟の方はやりたいやりたいなんて言っていたくらいで。まあ、どうせ僕がやることになるのは何年もあとの話だと思ってたし、その時はあまり深く考えていなかったんです。

その時はいきなり訪れました。僕が小学校6年の年の大晦日、急にお父さんが職場に行かなくちゃいけなくなって、みそかっぱらいが出来なくなっちゃったんです。ここだけの話、僕のお父さん会社でまあまあな役職だったんですね。だから大晦日だけどどうしても顔を出さなきゃいけなかったらしくて。
その時、僕は実家の居間のテレビでガキ使の傑作選みたいなの見てたんですよ。そしたらおばあちゃんに「悪いけど今日のみそかっぱらい行ってきてくれないかい」って言われたんです。わざわざ暖かい部屋から寒い外に出るのもおっくうなので、めんどくさいから嫌だよ、とか、弟にやらせてよ、とか言って何とか断ろうとしたんですけど、「おじいちゃんやお父さんがやってたの見てたでしょ」「やってくれたらばあちゃんお小遣いあげようかな」とか言われちゃって、お小遣いに目が眩んだ僕は結局5000円と引き換えにみそかっぱらいを受けました。
僕も行きたいと駄々をこねる弟を引き剥がした僕は、神棚に手を合わせ御幣を手に取って、みそかっぱらいを開始しました。おじいちゃんの順序通り、和室を回って、居間を回って、座敷、台所、洗面所、トイレ、風呂、2階、玄関と回ったあと、懐中電灯を持って外の小屋と庭を回りました。光源を持っているとはいえあまりにも外は暗く、正直かなり怖かったですが、5000円のため勇気を振り絞って下り坂を下っていきました。昼間は目と鼻の先としか思わなかった三叉路も、もの凄く遠くにあるように感じられた気がします。
そうしてゆっくり歩いている途中、なんて言うのかな、何かに見られている感覚がして。脇の茂みの中から、気配というかそういうものを感じたんですよ。
そして違和感はこれだけじゃなくて。12月だというのに空気が湿っていて生ぬるかったんです。例えるなら、なんかこう、生き物の呼気というか、犬のハッハッって呼吸を全身に浴びてる、そんな感覚がしたんですよ。
それに僕、門を出てから体感で100mは歩いてました。三叉路までは30m弱しかないはずなのに、歩いても歩いても近づかなくて。もう怖くなっちゃって、御幣をそこに放り出して走って家に引き返しました。走っている間、ずっと僕の真後ろで気配がしていて、追いかけられてると思いました。必死で走っている内に気付くともう実家の門の中に入っていて、ちゃんと寒い冬の空気に戻っているのを感じて直感的に助かったんだと分かりました。
そして本能的に後ろを振り返ったんです。
暗くてよく見えなかったんですけど、門の外の暗闇に、人が四つん這いになったら大体そのぐらいの位置にくるだろうな、っていう高さで人間の目が浮いていました。見開かれた両目が、少し離れた場所からでもはっきりと見えて、あれは確かに僕のことを睨みつけていました。激しい憎悪や怨恨といった負の感情が伝わってくる、そんな目つきで。僕はバッと目を逸らして、急いで家の中に入りました。
半ベソ状態で家に入ったら、おばあちゃんがそんなに怖かったのかい、偉い偉いと言って慰めてくれました。そのあとは、何とか意識を別のところに持っていこうと、テレビを見たりゲームをしたりと必死でした。結局、三叉路まで行けなかったことやさっきの一連の怪現象のことは、怒られるのが嫌だという子供ながらの理由もあったし、何より怖くて誰にも言えませんでした。
次の日、元旦の初詣に行く時に三叉路を通るため、そこで御幣が刺さっていないのがバレてしまう、と思って焦っていたんですが、不思議なことに御幣は三叉路の土にちゃんと刺さっていたんです。昨日僕が見たのは、パニックになった自分が無意識にしていたただの想像みたいなもので、本当は三叉路まで行って御幣を刺していたんだ。これ以上引きずりたくないし、僕はそう納得することに決めました。

でも、本当は死んだおじいちゃんが僕の代わりに刺してくれた、僕のことを助けてくれたんだと思います。三叉路まで行けなかった僕を見かねて、幽霊になって出てきて代わりにみそかっぱらいを完了させてくれたと、どうしてかそう思えるんですよね。
肉を骨まで食べちゃう怖いおじいちゃんだったけど、おじいちゃんの目はすごく優しかったような気がするんです。あんまり話はしなかったけど、きっとおじいちゃんは僕のことを愛してくれていた筈です。だって、僕はおじいちゃんのことが怖かったけど、でもちゃんと大好きだったから。だから僕はおじいちゃんの代わりに地獄に落ちるのは怖くない  本当に愛しているならば  自分が地獄に落ちるべきだ
これからも  見守っていてね。

[一瞬のノイズ音の後、何かが呼吸する音]



はい。これがあいつから送られてきたボイスメッセージです。

えぇ、そりゃ困惑しますよ。年が明けてみんなと、あけおめー ってやり取りしてる最中にいきなりこんなの送信されてきたら。
そうですね。高校のみんなも同時に送られてきたみたいです。一斉送信だと思います。「ちょ、佐藤からなんか送られてきたんだけど」「えっ俺も俺も!!」って、クラスの奴らとの間で話題になりましたよ。

それがまさかあんなことになるなんて。
あぁ、はい。送られてきたのはタイムラインにもある通り夜中の0:05でした。
あいつの死亡時刻も大体その時間辺りだったんでしたっけ。何なんですかね。はっきり言って気持ち悪いですよ。あいつの死因が大量の土を飲み込んだことによる窒息ってのもそうですし、遺体が三叉路で見つかったってのも、なぜか焼け焦げたお祖父さんの遺影を持ってたってのも。意味不明で。
それにあいつ冬休み前、バスケ部サボり気味だったんですけど。なんで最近部活来ないんだって聞いても「みんなが迷ってるから、行かないと」みたいな変なことしか言わなかったんです。
そこからの、このボイメですよ。不気味すぎます。あいつ一体、どんな事件に巻き込まれたんですかね。

え?自殺?いやいや絶対そんなわけないでしょ。このボイメを送った直後に死んでるんだったら、どう考えてもこの声の主が関係してますって。
絶対、このボイメを録った誰かが、佐藤のこと殺したんですよ。
声の主?ですからこの声の。いや、だって、証拠も何も…
あぁそっか。刑事さん佐藤の声知らないですもんね。すみません。そうですよね。一番大事なこと言い忘れてました。

このボイメの声、なんかすげえ年寄りっぽくないですか。
明らかに佐藤の声じゃないんですよ。








みつけ

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