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帰りの会

僕が子供の頃お父さんが転勤族で、小学生の頃は2回も転校を経験したんですけど。
ちょうど3年生に上がるタイミングで1回目の転校をしまして、それで入った小学校、つまり僕にとっては2つ目の小学校ってことになりますね。
なんか変なとこだったんですよ。
そこは地方の田舎っぽい場所にある学校だったんですけど、全校生徒合わせて300人ぐらいの学校でした。各学年1クラス30人が2クラスぐらいで、当時3年生は特に少なく1クラスだけだったんですね。なのでみんな1年生からずっと同じクラスだからかすごく雰囲気が良くて。転校初日から気さくに話しかけてくれて、ほっとしたのを覚えています。

なんですけど。

帰りの会ってあったじゃないですか、ホームルームみたいな時間。その時に、先生が「じゃあ皆さん今日もあいさつをして帰りましょうね」って言ったんです。
普通帰りの会で「あいさつ」って言われたら、起立気をつけ礼さようなら、みたいな流れを想像しますよね。当時の僕もそう思って、最初だしみんなの真似しようと思ってたんです。
そしたら先生が、俺はやらなくていいですからね、って言うんです。意味わかんないじゃないですか。それで僕がえ?ってなってたら、クラスのみんなが急に立ち上がって、一斉に言ったんです。

「きょうも  なにもみえませんでした  ありがとうございました」

みえませんでした?どういうこと?
パニックになってたら、先生が俺の名前呼んで、じゃあ帰りの会終わりにしますよーって言って、みんなでさようならーって挨拶して終わったんです。
そりゃあ、え?何あれ?って思いますよ。唐突でしたし。頭の中は?だらけでした。結局その後はクラスの友達から、この後公園で遊ぶから一緒に来いよ、って誘われて、とりあえずこのことは忘れて遊びに行くことにしました。
でも慣れっていうのは恐ろしいもので、1ヶ月経つ頃には帰りのあいさつに全く疑問を抱かないようになっていました。それに転校生の僕はやらなくていいと言われていましたしね。子供だったのでさほど気にしなかったんでしょう。

夏も近づいてきたある日、いつものように最後の授業が終わって帰りの会が始まろうとした時のことでした。クラスメイトのヨシオ君が、いきなり手を挙げたんです。それを見て先生が、あら、ヨシオ君どうかしましたか?って聞くと、ヨシオ君は神妙な面持ちのまま、ゆっくり立ち上がりました。クラスのみんながヨシオくんの方を向いて注目していました。
そして、ヨシオ君が、今にも消え入りそうな声で、小刻みに震えながら言ったんです。

「先生、僕、みえてしまいました

クラスは、シーン、と静まり返っていました。
言い終わってなお震えているヨシオ君の荒い鼻息だけが、微かに聞こえるばかりでした。
この長い沈黙を切ったのは先生でした。
「わかりました。ヨシオ君はこの後先生と来てください。今日は帰りの会は無しですから、皆さんまっすぐ家に帰るように」
そう言って先生はヨシオ君を連れて行ってしまいました。みんなは先生の言葉通りせっせと下校の支度をして、その日は僕もまっすぐ家に帰りました。帰ってからもずっとヨシオ君の「みえてしまいました」という言葉が頭から離れませんでした。

次の日学校に行くと、ヨシオ君は登校してきませんでした。そして、朝に先生からヨシオ君が転校したということが伝えられたんです。え?なんで?そんな顔でポカンとする僕とは裏腹に、クラスのみんなはまるでヨシオ君が転校するのを知っていたような雰囲気で、不思議と落ち着いていました。
その日も普通に放課後はみんなと遊んだんですが、僕はヨシオ君のことが気になって気になって、クラスメイトのタイチ君にさりげなく聞いてみたんです。最初は何も知らないと言い張るタイチ君でしたが、僕がしつこく言いよると、彼は苦い顔をして、一言言いました。

「きっと、メグミちゃんみたいになっちゃったんだ。メグミちゃんもみえちゃったから」

この時、僕は初めて自分が良くないことに片足をつっこもうとしているんだと気付きました。これ以上知ろうとしてはいけない。僕は僕の中で出そうになった結論を、無理矢理頭の奥にしまって忘れたことにしました。
その後は、結局その学校を1年で転校することになり、また東京に戻ってきました。ヨシオ君がどうなったのかは、分からずじまいです。

これで1つ目の話は終わりです。
いや、ほんとに終わりですよ。その後別になにか起こった訳でもないですし。大したオチないって最初言ったじゃないですか。うーん…まあ、あと何か話すことって言ったら、僕の個人的な考察みたいになっちゃうんですけど。
帰りのあいさつって、あったじゃないですか。あれなんか引っかかるんですよ。
いやね、帰りの会って言っても、実際あの変な呪文みたいなの唱えるだけの時間だったんですよね。他に日直が出てきてなんか話したり、先生が一日のまとめをするとかそういう他のコーナーがないのに、いちいち呪文唱えるだけの時間を帰りの会って呼ぶのなんか変だと思いません?それに、帰りの会はあるのに朝の会の方はなくて。東京の学校の時はどっちもありましたから。そこもちょっとおかしい気がして。

僕が思うに、帰りの会の「帰り」って、僕たちが学校から帰るって意味じゃなくて、別の「何か」に帰ってもらうっていう意味だったんじゃないでしょうか。この何かっていうのは多分、みんなが一日を通して「みえなかった」モノ。みえない方が良いモノ。
一日の最後に、それに対して今日は誰にもみえなかったよということを伝えて、帰ってもらう。それがあの「帰りのあいさつ」の、儀式としての「帰りの会」の目的だったんじゃないかと思うんです。
きっと、メグミちゃんと同様ヨシオ君にはそれが見えてしまったんでしょう。
ああ、僕が帰りのあいさつをしなくてよかった理由ですか。…はっきり言って分かんないんですよね、これだけは。ヨシオ君が見えてしまったことを申告できたということは、彼はそれがどんなものか知っていたということになります。でも僕の場合それがどんなものかすら説明されてなかったんで、何を見たら申告しなきゃいけないとかも分かんないですからね。それが人の形をしているのか、動物なのか、果たして物なのか。まあ適当に僕が他所から来てたからっていうので今は納得してますけどね。

2つ目の話も、実はこの学校での出来事なんです。授業中に窓から教室を覗き込んでくる僕にしか見えない真っ白な顔のおばさんの話なんですけど……


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