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朝顔

たしか小学校2年生ぐらいの頃だったかな?とある不思議な体験をしまして。

当時NHKEテレで、シャ○ーン!!っていう子供向け番組が朝の7:00からやってたじゃないですか。多分同年代の人なら絶対見たことあると思うんですけど。あーそれですそれです。変な格好した女の子と樹木の形をした喋るテレビが出てくるやつです。Eテレって結構前衛的な番組作りでちょっと大人になってからたまに見ても面白いですよね。ちょっと話が脱線してしまって申し訳ないんですが、小学生の頃の僕はその番組を見てから学校に行くのが毎朝のルーティンだったんです。両親は共働きだったんですけど、大体朝の6時半すぎには2人とも出勤しちゃうんで、僕は母が用意してくれた朝ごはんを食べながら父と母を見送って、色々準備をしながらシャ○ーン!!を見るっていう感じでした。

その日もいつもの如く僕が起きてくるのと同時に父が家を出て、その後少ししてからサンドイッチを作り終えた母が家を出るのを見送りました。その日は大雨で、ちゃんと傘持って長靴履いてくのよ、って母に念押しされたのを覚えています。ハムとレタスとスライスチーズを挟んだサンドイッチにかぶりついて、テレビのリモコンを取って電源を付けました。いつもシャ○ーン!!が始まる前はどの局もニュース番組しかやっていないので、適当なニュース番組を垂れ流していたんです。まあそんなの見ても小学生の自分には難しくてよく分からなかったんですけどね。(笑)大人ぶっていたんだと思います。(笑)

そんなこんなでサンドイッチを食べ終わって、ふとテレビの左上の時刻表示を見ると7:00になっていて、僕は急いでチャンネルを回しました。シャ○ーン!!って、「おはようさ〜ん おはようさ〜ん」みたいな独特の曲調のオープニングから始まるんですよ。なので、7:00にチャンネル回せばそのオープニングが流れている筈なんですけど、その日はちょっと様子が違っていて。いつもの陽気なオープニングのアニメーションではなく、田舎にありそうな平屋建ての一軒家を正面から見たような映像が無音で映っていたんですよね。無音だし、一軒家がずっと映ってるだけの絵面だったものですから最初は一瞬静止画かと思ったんですけど、画面端に映る木の葉っぱが微かに風で揺れていて、何よりその映像、手ブレみたいなものがあって。あ、これは動画だな、っていうのがすぐ分かったんです。
変に冷静ですよね。そうなんですよ。こういうことを普通に考えられるぐらい冷静だったんです。だっておかしいじゃないですか。テレビを点けたらいつもやっている番組がやってなくて、代わりにどこかも分からない変な家だけが淡々と映される映像が流れていたら、普通困惑してチャンネルが合ってるか確認したりすると思うんですよ。それなのに、今目の前で流れている変な映像に疑問を持つどころか、それが静止画でないことを分析するぐらい落ち着いてたんです。今思えばどう考えても不気味ですよね。でも本当に不気味なのはここからだったんです。

そのまま家の映像が映って30秒ぐらいすると、撮影者がその家に向かって歩き始めたんでしょうか、枯葉を踏みしめるような足音に合わせて玄関が徐々に近くなっていきました。門の向こうの地面はところどころ石のような質感が顔を見せていましたが、だいぶ枯葉が積もっていて生活感がなく、人が住んでいるとは思えない雰囲気でした。元々映像は玄関まで10歩くらいの場所から撮られていたようなので、玄関の前に着くまで時間はかからなかったと思います。そして、撮影者の手でしょうか、木製の日本家屋らしい引き戸を開けて家の中が映りました。そこには、長い廊下が伸びその左右にいくつか襖が取り付けられている標準的な日本家屋のような光景が広がっていました。この辺りから撮影者のものと思われる、若干苦しそうな荒い鼻息が聞こえるようになっていました。僕は変わらずこの映像を見つめていました。

靴を脱ぐ音が聞こえていよいよ撮影者が家に上がります。そして廊下に入って左側、一番手前の襖をゆっくりと開けました。その部屋は4畳ほどの狭くて薄暗い和室で、誰もおらず、奥に仏壇が置いてあるのが見えました。仏壇は至って普通の仏壇で、知らないおばさんの写真が飾ってあったと思います。10秒ほどその部屋の全体を撮った後、撮影者はゆっくりとその部屋の襖を閉めて、今度は廊下を挟んで右側の襖を開きました。そうして映ったのは、さっきの部屋の2倍以上ある部屋でした。そして電気がついているのか全体が明るく、何よりたくさんの人がいて。その人たちはみんな黒い服を着ていて、細長い長方形のテーブルを囲むように正座で座っていました。年齢的には高齢者が多かったと思います。今なら分かるんですが、彼らが来ていたのは喪服でしたね。

撮影者はその部屋に入って、テーブルを囲むことなく部屋の端の方に立ちました。僕はここまで来てもまだ冷静で、「なんで一緒に座らないのかな〜、座っちゃえばいいのに」などとしか思いませんでした。
その状態でしばらく待つと、台所に繋がる戸が開いて、奥から黒い着物を召したおばあさんが何かを乗せた大きなお皿を持ってやって来ました。その巨大な皿には、肉料理にも似た、赤いような、茶色いようなモノが山のように盛られていました。そしてテーブルを囲んだ全員が、手掴みでそれを食べ始めたんです。いや、食べると言うより貪ると言った方がいいのかもしれません。あまりにも動物的というか、人間ってあんなに勢いよく物を食べられるんだ、って思うくらいで。全員目の前の赤茶色の塊以外には目もくれず、ひたすらそれにがっついていました。
しばらくして皿に盛られたそれを全員が食べ終わると、撮影者が先ほどおばあさんが出てきた台所の方に移動します。時間的には昼ぐらいなんですけど台所の方は最初の部屋よりも暗くて、詳細に何があったかとかは分かりませんでした。でも撮影者が奥へ進んでいくと、台所にあるはずのないものがあることに気づきました。

布団が敷いてあったんです。

普通そんなとこで寝てる人なんていないじゃないですか。襖の数からして他にも部屋はあるはずなのに。わざわざ台所で寝るなんて。
それに、映っている映像は屋内なのに、まるで外みたいに風の音が聞こえてるんですよ。
この時、僕は初めて「自分は一体何を見ているんだ?」と思いました。でも何故かテレビから目が離せなくて。
映像では撮影者がその布団に近づいていきます。そこで、布団に誰かが寝ているのが分かりました。誰か、と言ったのは、正確にはその人の顔には黒い布が被せられていて、性別も年齢も分からなかったからです。まるで亡くなった人の遺体の顔に布を被せる「覆い打ち」みたいですよね。でも覆い打ちと違って乗せられた布は白ではなく黒だったんです。撮影者はその布団の側に腰を下ろしたようで、ひたすらその布団の誰かを撮り続けていました。

それを眺めていたら、何となく、直感で、寝てるのは同年代の男の子だな、って思ったんです。顔が見えたわけではないし、それを決定づける何か証拠的なものがあったわけでもないんですが、直感でそう思っちゃったんです。
その瞬間、撮影者と思われる手が、被せられた黒い布に手をかけ、ゆっくりとめくり始めました。
ここに来て初めて、僕は恐怖を覚えました。突然背中に悪寒が走り、手足がすくんでしまいました。

これ以上、見てはいけない。

そう思いました。
僕の生物的な本能が猛烈な危険信号を出している気がしたんです。
その誰かの顔が布の下から現れる前に、僕はリモコンを取って急いで電源を消しました。テレビは暗転し、真っ暗な画面には呆然と立ちすくむ僕が反射して映っているだけでした。気付くと部屋の時計は7:30頃を指していて、もう30分も経っていたことに驚いたのと言いようのない不安感を感じて、僕は急いで家を出ました。あまりに急いでいたせいで長靴を履いていくのを忘れ、学校に着く頃には靴下までびちゃびちゃに濡れてしまっていました。

学校に着いてからもさっきの謎の映像が頭の中から消えず、この恐怖を一人で抱え込んでいたら頭がどうにかなってしまいそうで、僕はみんなにこの話をしました。
クラスに30人もいるんだから、僕みたいにシャ○ーン!!を見ようとしてあの映像が流れたって言う人はいると思ったんです。けれど、友達の誰に聞いても「?」という顔をされるだけで誰もそんなの流れておらず、今日の朝も普通にシャ○ーン!!を見たと言います。
結果、この映像を見たという子は僕の他に1人しかいませんでした。その子だけが、朝に見た映像の詳細を知っていました。でも、その子と朝に見たあの映像の話をした途端、さっきまでの恐怖や不安感というものが、嘘みたいになくなったんですよ。その子に話したことによる安心というか。よくわかんないですけど。まあ誰かと恐怖を共有できたっていうのはあると思います。赤信号みんなで渡れば怖くない、と言いますか、それにも似てる理論かもしれないですね。(笑)
その後、例の映像について考えることはありませんでした。でも不思議なことに映像の内容は思い出せと言われれば昨日の事のようにはっきりと思い出せるんです。今事細かに説明したように頭の中でその映像を再生できるんです。なんなんですかね。忘れられなくなるぐらい子どもの僕には衝撃的なことだったんでしょうかね。


以上が、僕が経験した不思議な話になります。
友達はどうなったのかって?あぁ、あの一人だけ同じ映像を見た子ですか。まあこれも不思議っちゃ不思議なんですけどね。
僕、その子が誰だったのか全く覚えていないんですよ。多分同じクラスだったはずで、確かに話はしたんですけど。その子の名前がなんだったか、どんな声してたか、どんな顔してたか、男だったのか女だったのかさえ、何ひとつ思い出せないんです。
あの映像についての話をしたっていうこと以外、なんにも覚えてないんです。



まあ仕方ないです     僕が見なかったから

見て欲しかったんだと思いますよ。

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