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ゴウくんとブランコと小2のわたし

あやさんはできないのではありません
やる気がないのです

ミムラ先生は母を呼び出してそう言いました
これは小学2年のわたしとゴウくんの思い出のお話です


ほんとにわたしはやる気がなかった
ふでばこの中には何にも入ってない
プリントは机の中につっこまれてる
プリントを持って帰らないから当然宿題はたまってる
授業中は机につっぷして寝てる
でも当てられたら教科書はすらすら読める
だってもう4月に全部読んじゃってるから

ミムラ先生の授業がつまらなかったというより
小学校の集団生活がいやすぎた
幼稚園に帰りたかった
毎日きれいな教会で歌をうたってよかったなあ
ローマ法皇さまの写真にあいさつをするのが好きだったなあ
小学校はきたなくてうるさくてほこりくさくて
クラスの男の子も女の子も毎日ぎゃあぎゃあ
雑音が多すぎてうるさくて頭が痛くなる

1年生の時はここにいるだけで精いっぱい
よごれた世界にいるのですっかり嫌になって
よごれた体操服によごれたふでばこになった
机の中も整理しないでぐちゃぐちゃになってた
でもどこになにがあるかわかるよ
それに自分のエリアだよ?
好きにしていいよね

なのにミムラ先生に放課後残されて
なんか知らんけど延々と怒られてた
言ってることがわからなかった
黙ってるのでますます怒られた

たまりかねた先生は
「持って帰ってお母さんに必ず見せなさい」
と言って手紙を書いて渡した
やっと帰れました

帰って母に手紙を渡すとすっごい怒られた

あやさんの筆箱をご覧になってください
なにも入っていません

「なんでふでばこになんにも入れてないの買ってあげたでしょ」
なくしちゃった
「なんでなくすの」
わかんない
兄がきてランドセルからふでばこを引っこ抜いて
「あやのふでばここんなんやで」と大きな声で言いふらす
女の子の絵がついてるのを黒く塗りつぶしていた
「何でこんなことするの」
わかんない
パパ早く帰ってきてー
帰宅した父はわたしの悲惨なふでばこを見て
自分の文房具から選んで補充してくれた
癇癪持ちの父がこの時はなぜか静かでした

翌日、母は小学校に呼び出されて
ミムラ先生に怒られたそうな
「できないのならいいんです
でも最初からやらないのです
全くやる気がないのです」
と言われてぐったりしたそうな
その晩、やけくそ気味にお酒を飲みながら
「なんでこの子はこんななの。あんたに似たんじゃないの」
「俺なのか?」
と父母が話してたのを娘は本を読みながら聞いておりましたとさ

そんなこんなでふでばこに消しゴムもちゃんと入りました
けれどもわたしのやる気は入らない
ミムラ先生に睨まれながら過ごす毎日
クラスの子たちもわたしはダメな子と思ってるよ

席替えがありました
隣になったのはゴウくんです
とってもまつ毛の長い綺麗な男の子です
ゴウくんはいつも物静かに自分の席に座って
その美しい瞳を窓の外にじっと向けていました
ゴウくんも授業を聞いてない
ゴウくんは教科書をちゃんと読めない
長く話せない
あーとかうーとか言うだけです
したいこととしたくないことは表情でわかる
みんなとお昼休みに一緒に座ってにこにこしてました

でも時々なにを考えてるのかわからなくなる時があって
突然わあああと叫んで、教室を飛び出してしまう
ミムラ先生が追いかけていく
なかなか帰ってきてくれないので授業はなくなる
クラスの子たちは騒ぎ出し、わたしは本を取り出して読む
そういうことが何度も続きました

今日もゴウくんが暴れだした
なんのきっかけなのかわからない
クラスの子たちもうんざりしてきました
隣にいるのでじゃあ行ってくるといってわたしは席を立ち
走っていくゴウくんを追っかけて教室を出ました
ミムラ先生はあっけに取られてた
ゴウくんは足が速いな、もう廊下の向こうだよ
わたしも走っていくよ
ろうかを走るなと言われているけどきんきゅうだから
あーめっちゃ気持ちがいい
走るのは好きだから走れて気持ちいい
どこに行ったの
あー運動場かー
靴を履き替えずに行っちゃったよ
わたしもそうしよう
あーやっと校舎から出られたよ

運動場に出て見回すと
ゴウくんはブランコのとこにいた
追いついて、ブランコ乗るの、と聞くと
あーとか言った気がするというか覚えてないけど
ブランコに乗りたいんだとすぐにわかった

乗ろう、と言うと、
ゴウくんが椅子に座った
わたしは背中を押してあげた
ゴウくんの体がふわっと向こうにいく
戻ってきたのをまた押してあげる

すると声をあげて笑った
ゴウくんが笑ってた
あーとかうーとかいう声しか知らないから
初めてゴウくんの笑い声を聞いた
高い声で笑うの
こんな声で笑うんだ
楽しそうなゴウくん初めて見た
へへっとわたしも笑ったような気がする
強く押すともっと前にいくよ
ゴウくんはもっと大きな声で笑う
わたしが押してあげるとこんなに嬉しそう
喜んでもらえてうれしい
調子に乗りすぎて強く押しすぎてこわかったのか
ゴウくんがあーーといった
ごめんごめん強すぎた
ねえわたしもブランコ乗りたい
ゴウくん自分でこいでよ
わたしも乗って漕ぐからまねしてみてよ
と言いながら乗りたいだけなんだけどね
乗ってこいで見せるとゴウくんはじっと見てて
自分でこぎはじめた

ふたりでブランコを漕いでた
運動場は地区の災害避難所になるほど広くて
すぐそばに竹林があって
風に吹かれた竹の葉がさぁーーーーっと鳴ってた
わたしはこの竹の葉が擦れ合う音がとても好き
竹林を通り過ぎた風に髪がなびいて
音を聴きながらブランコを漕いだ
前に後ろにブランコが行ったり来たり
前にこげば前にいき、自然に元の位置に戻る
それをただ繰り返すのがとても気持ちがいいのです
ゴウくんは時々笑うくらいで他になにも言わない
黙って漕いでただけ
ゴウくんがなにを考えてたなんてわからないけど
しゃべらなくてもいいんだね
しゃべらなくても一緒にいて楽しい
そのことを人生で初めて知った気がする

その後も時々ゴウくんは奇声を発しては教室を飛び出し
わたしも追いかけてきますと言っては教室を抜け出しました
2人で体育館の後ろを冒険したりジャングルジムに登ったり
芝生に座って四葉のクローバーを探したこともありました
ゴウくんは話せないけど少しずつ落ち着いてきて
みんなに好かれて男の子とも遊ぶようになっていき
わたしもミムラ先生に怒られなくなっていきました
クラス替えになってゴウくんとは違うクラスになりました
今はどうしているのかな

竹の葉のそよぐ綺麗な音に包まれて2人でブランコを漕いだ
あの日の思い出が今も忘れられない

あの時ゴウくんを追っかけたつもりだけど
ほんとはゴウくんに教室から出してもらえたんだ
救い出してくれた
わたしはゴウくんの背中を押しただけ
ただそれだけのことで喜んで笑ってくれた
自分の背中の後ろにわたしの居場所を作ってくれた
世界に2人きりでブランコを漕いでくれた
ただ笑って一緒にいてくれた

綺麗な音を聴きながら風に吹かれてブランコを漕いで
自分の力で漕いだ分だけ前に進んで元に戻ってはまた漕ぐ
その清らかな法則性を自分の力で守れることが嬉しい
誰にも怒られず誰にも邪魔されず自分でできる場所があったよ
そんな場所が欲しかったしそうしたいのにうまく言えなかった
何も言えないわたしになにも言わなくてもいいと
長いまつげの美しいひとみでわたしを見てくれた
わたしを助けてくれてありがとう
一生忘れません

こんな奇跡もあるんだよというお話でした
居場所がないと思っているひとに届きますように

#8月31日の夜に

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