精神的童貞の僕とHY『AM11:00』

「僕にもね、彼女がいたんですよ」と彼は言った。「それも、中学生の時にね」

「中学生の時?」思わず僕は聞き返した。

「ええ、そうです。中学生の時。」彼はまるで自分に言い聞かせるかのように再び言った。

「中学生の時に彼氏彼女がいた人間こそ、本当にモテる人間だと思いませんか?」

「……」

「えぇ、おっしゃりたいことはわかります。中学生の彼氏彼女なんてのはしょせんは大人のマネゴトだってね」

「マネゴトでしょうね」僕は言った。

「まぁ、こんな偉そうに言いましたけど、彼女が「彼女」であった期間ってのはとても短かったんです。中学2年の8月だけ。笑っちゃうでしょう?」

「そうですね、自慢するわりには短いじゃないですか」と僕はその意外さに少し驚いた。

「そうなんです、全く自慢にならないじゃないか、って落とすのがこの話のあるべき執着地点なんですよ」


「今でも思い出せますよ。2005年の7月31日の話です。僕は同級生の女の子と夜通しメールしていたんです。なぜか僕たちはCメールを使ってたんです。分かりますか?Cメール。今でいうとショートメールですね。なぜかCメールを使っていたんでしょうね? 100文字制限ってのがよかったのかもしれませんけど。僕の好きな人の話になりまして、彼女は僕に訊いたんです、「好きな人って、Aちゃんか私のどっちか?」と。」

「へぇ、思い切ったことするもんですね、その彼女も」

「本当ですね。もちろんいわゆる女の感ってのもあるんでしょうけど、でも彼女もきっと彼氏が欲しかったんでしょう。」

「そうして僕らは付き合い始めたんです。でも、結局一度もデートすることなく、向こうから別れを切り出されてしまった」

おやまぁ、と僕は言葉を返した。

「中学生の恋愛なんてそんなもんなんです。僕もそれほど悲しい気持ちにもなりませんでした。これは断じて強がりなんかじゃありません」彼は笑った。僕もつられて笑う。

「それで、さっき話に出てきたHYの『AM11:00』はいつ出てくるんですか?」

「あぁ、そうでした。その歌の話からこの話に繋がるんでしたね。僕らは中3も同じクラスだったんです。僕はもうすでに好きな女の子が別にいて、元カノである彼女にも何度か相談に乗ってもらっていました。なんの拍子だったかなぁ、覚えていないんですが、彼女と僕でお互いにMDを交換してアルバムを一曲入れてくるってことをしたんですね。その時に彼女が僕のMDに入れてきたのがHYのアルバムだったんです。」

「でも当時から尾崎豊だとかブルーハーツを聴くような僕にとっては、HYの音楽というのは正直言って受け入れがたい音楽性だったんです。それはHYがどうこうというのではなくて、単に趣味の問題です。」

「彼女もそのことを十分承知していて、『ねぇ、私が入れてきたMD聴いてないでしょ』と言われたことがあったんです。特に責めるでもなく『あんたのことなんてオミトオシよ』と言った体ですね」

「僕にもちょっぴりの申し訳なさがあったので、いやいや、AM11:00は聴いてるよって返したんです」

「それを聞いて彼女はなんて?」

「笑ってましたよ、ニヤリとね」



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