「オパール後編 -石に宿る虹の真相-」
● 序文
不定期宝石紹介シリーズ 第9弾「オパール」の後編です。
前編では、オパールの分類と、魔術や迷信の世界でのとらえられかたの歴史、そして、主要産地オーストラリアでのオパール誕生神話についてお話しました。
後編では、なぜオパールにはゆらめく虹が宿っているのか?という疑問についてお話します。
文系編と理系編って感じですね。
理系編といっても難しい計算式などは全部省いているのでご安心ください。
● オパールの基本情報のおさらい
・モース硬度: 5.5 ~ 6.5 (宝石 その美と科学)
・屈折率: 1.435 ~ 1.455 (宝石 その美と科学)
・比重: 1.98 ~ 2.20 (宝石 その美と科学)
・結晶系: 非晶質
・色(地色): 白色、灰~黒色、無色、橙色~赤色
・産地: オーストラリア、メキシコ、ホンジュラス、チェコ
まずは、オパールの基本情報からおさらいしましょう。
オパールとは、水を含んだ結晶度の低いシリカの塊のことです。しっかりとしか結晶構造をもたない非晶質であるため、厳密には単一の鉱物とはいえません。
オパールはその構造で分類がされます。球状の非晶質シリカがたくさん並んだ「オパールA」、トリディマイトとクリストバライトが乱れながら積層している「オパールCT」、オパールCTよりもクリストバライトの密度が高く比較的結晶度の高い「オパールC」とそれぞれ呼ばれています。
オパールには透明感と七色の輝きを持つ「プレシャスオパール」と、見た目はいわゆる”石”という感じの「コモンオパール」とがあります。これは商業的な分類ですね。
基本のおさらいはここまで。
● ゆらめく不思議な遊色の仕組み
さて、ここからが本題、プレシャスオパールの角度を変えるとゆらゆらと色が変わる輝き「遊色」の仕組みの解説です。
オパールは非晶質シリカの集まりなので、本来は無色であるはずです。いくらかの不純物を含んで色がついてみえることもありますが、そうしてついた色では角度によって色が変わるなどということはありません。
では、どうしてオパールは七色に光り、しかも宝石を回すと炎のようにゆらめいて見えるのでしょうか?
先に一言で説明すると、シリカ球が並んだ内部構造が「回折格子」としてはたらくために、光が干渉を起こして色が現れて見える、からです。
すごく難しくて珍しいできごとのように聞こえますが、身近な例だとCDの裏面(読み取り面)に見える虹色っぽい光がまさに同じ現象で起こる輝きです。
・ 回折格子って何?
回折格子というのは、すごく細かいくぼみや隙間がたくさん等間隔にならんだものです。たったそれだけのこと?という感じがしますが、虹が出てしまうんですね。
これには光そのものの性質が大きく関わっています。
光というものの実体は、「電磁波」です。電磁波のうち、波長が約400nm ~ 700nmの波をヒトが見ることができる「可視光」と呼んでいるんですね。そして、ヒトの眼は波長によって色を感じることができます。
そして、光は電磁波、つまり”波”です。波には「回折」と「干渉」を起こすという性質があるんですが、この2つが回折格子で現れる虹の正体なんです。
ひとつずつ説明しますね。
・ 「回折」とは?
簡単に言えば、”波”が障害物を回り込む現象のことです。
上図のように障害物に波を当てると、障害物を回り込むように波が進んでいく様子は皆さんも見たことがあるのではないでしょうか。
スマホの電波が周りに多少の遮蔽物があっても通じるのは、電波が遮蔽物を回り込んでいるからで、イヤホンの音が漏れるのもイヤホンと耳の隙間から音波が漏れ出ているからです。
そうした回折が起こる性質のために、光が狭い隙間を通るとき、上図のような扇状に波が拡散します。回折格子はせまい隙間がたくさん並んでいるので、このような波が同時にたくさんできる、ということに注目です。
・ 「干渉」とは?
ムーンストーンの記事を読んでくださった方なら「薄膜干渉」の解説で見覚えがあるかと思います。
干渉というのは、波同士が重なるとき、波を強め合ったり打ち消し合ったりすることです。海の波同士が正面衝突したときに水しぶきが周りよりも高く上がったり、周囲の音に波が反対の音を重ねることでノイズキャンセリングをしたりするのと同じ原理です。
回折格子では上図のような光の干渉がたくさん起きて、色がでてくるという仕組みです。
さらに詳しくみていきましょう。
・ 「ブラッグ条件」で色が出る
ブラッグ条件というのは、ヘンリー・ブラッグとローレンス・ブラッグのブラッグ親子が発見した回折の条件です。ムーンストーンの記事でお話した「薄膜干渉」と似ています。
オパールのシリカ球隊に光が差し込んだとき、光の一部が反射して、一部が屈折して侵入します。侵入した光も侵入した先で反射をすることで上方向に返ります。
このとき、侵入した光が表面で反射した光よりも遠回りした分、波の周期がズレます。
ただ、遠回りしたときのズレ具合がちょうど周期にピッタリはまると、結果的にまた波がそろいます。このとき、波を強め合う干渉が起きるわけですね。
上図をみていただけたら想像しやすいかと思います。
干渉が起こるズレ具合は、シリカ球の大きさと光の波長がいい感じに噛み合う必要があるので、噛み合ってない波長の干渉は起きません。
すると、干渉が起きてない波長よりも、干渉が起きる波長の波が強くなるため、その波長、つまり色が強調されて現れるというわけですね。
シリカ球は球と球が噛み合った状態で立体的にたくさん並んでいるので、角度を変えると干渉が起こる波長も次々に変わっていきます。だから角度を変えると色が変わって見えるんですね。
・ 不規則なゆらゆらの正体
オパールの輝きは、一つ一つの石に個性があるのも特徴ですよね。ゆらゆらとした不規則な輝き方をそれぞれの石で違っています。
これも、オパールの構造に秘密があります。
オパールのシリカ球は、全部がきれいに規則的に並んでいるわけではありません。
ところどころ隊列にヌケがあったり、整列の規則が部分部分でズレたりしています。
そういった整列のズレがあると、そこでちょうど噛み合う波長にも変化が現れるため、部分ごとに違う色が見えるんですね。
それも、見る角度をかえると、同じように噛み合う波長がズレていくために、色の変わり具合が部分ごとに違う石ができているというわけです。
・仕組みのまとめ
長くなってしまいましたが、要点をまとめると、
〇 オパールは、シリカ球がたくさん並んだ構造になっているので、いっぱい反射・屈折・回折が起きる。
〇 反射・屈折・回折した光はちょうどよく波長が噛み合って目に届くと干渉により色がでる。
〇 シリカ球は部分ごとにはきれいに整列してるけど、全体で見るとところどころズレてるから、部分ごとに色が違うようにみえる。
〇 石の角度を変えると、目に届く光の道筋が変わるから、干渉する色も次々に変わる。
ということです。
● シリカの粒々が整列するワケ
虹色の光が出るメカニズムはわかりましたが、それだけでは、「なぜオパールにはゆらめく虹が宿っているのか?」という疑問は解決しません。
「なぜ虹色の光が出るシリカ球の整列が都合よく成り立っているのか?」 この疑問が生まれてしまうからですね。
ここからはプレシャスオパールのできかたについてお話します。
オパールは非常にゆっくり流れる地下水でケイ酸が濃縮されると溶けきれなくなったケイ酸が沈殿してできます。
詳しいでき方の経緯をオーストラリア産のオパールを例にみてみましょう。
・ オーストラリア産オパール
オーストラリアでは堆積岩の中でオパールができます。
オーストラリアのオパールは粘土質変朽岩の層の中にできます。一番上の表層に砂岩の層があり、そのすぐ下に粘土質変朽岩がある感じですね。
粘土質変朽岩の層にはベントナイトの薄い層が混じっていて、粘土質変朽岩は多孔質で水が拡散しやすく、ベントナイトは緻密で水を通しづらい質感になっています。
オーストラリアは数百年の間ずっと乾燥した気候なので、地下でも上の方からどんどん乾燥していって、水を通しやすい粘土質層の部分までは乾いています。ベントナイトは水を通しにくいので乾燥が進まずに、ベントナイトの下に地下水がたまった状態になっています。
ベントナイトにはところどころ亀裂や隙間があったりするので、そこが水の通り道になっていて、上にある粘土層に接しているとそこから乾燥が進むために、ゆ~っくり水が吸い上げられていきます。粘土質層にはケイ酸成分が多いので、地下水にはケイ酸成分が多く溶け込んでいて、乾燥するたびに地下水が供給されていくので濃縮が進みます。
ケイ酸成分はいくらでも水に溶けるものではないので、溶けきれなくなった分から析出していきます。そうやって、細かいシリカ球がたくさん発生します。
できた細かいシリカ球ははじめは沈むことなく水に漂います。シリカ球が成長していくと地下水の粘性に負けて沈むようになります。粘性によって沈むボーダーラインが決まっているので、シリカ球の大きさがきれいに揃うわけですね。
ちなみに、地下水の粘性は地下水の硫酸イオンの溶け具合によって決まるらしく、粘性が大きいとシリカ球が大きくなりやすいため、干渉する波長も長くなりやすく、赤色に近づきます。反対に、粘性が低いとシリカ球が小さくなるため青紫色に近づきます。
粘性が大きすぎると、シリカ球が沈みづらくなるために、シリカ球が大きく成長しやすく、沈むシリカ球の大きさもまばらになってきてコモンオパールになったりします。
また、水の流速がはやすぎても並びが不規則になったり、シリカ球が大きなものしか沈殿できなかったりするため、コモンオパールになります。
シリカ球は沈むときに下のアニメのように球と球の間にできたくぼみにハマるように積もっていくので、自然と整列します。このアニメでは平面的にみていますが、実際には立体的にハマっていく感じですね。
・ メキシコ産オパール
メキシコには火山性のオパールがよくできます。
堆積岩のオパールとほとんど同じ仕組みですが、シリカ球ができる条件が少し違います。
火山の地下でマグマに温められた熱水脈が地上に出ていく途中の流れが弱い場所でオパールが発生します。
熱水が地上にでていくとき、マグマから離れて冷めた地表に近づくにつれて温度が下がっていきます。水は温度が高い方が多くの成分を溶かすことができるので、地下深くではたくさんのケイ酸成分が溶けています。しかし、地表に近づいて温度が下がってくるとケイ酸が溶けきれなくなってシリカ球となって析出しはじめ、大きく育ったものから徐々に沈殿して、積み重なっていくという形ですね。
メキシコのオパールは、オーストラリアのオパールよりも水分量が多い傾向にあります。できかたを考えると、熱水の流れの中でできるメキシコと、乾燥地の少ない水で濃縮されたオーストラリアで比べることになるので、この違いに納得感がありますよね。
・ でき方のまとめ
プレシャスオパールの独特の構造のできかたをまとめると、
〇 水に溶けていたケイ酸成分が析出してシリカ球ができる
〇 シリカ球は濃縮にしたがって成長する
〇 一定の大きさになると水の粘性に負けて沈み始めるため大きさが揃う
〇 ゆっくりシリカ球が水底に降り注ぐため、シリカ球の間にできるくぼみにシリカ球がハマって整列する
ということです。
●結び
いかがでしたか?オパールの輝きの秘密を光学と鉱物学の両方の角度で深堀りしてみました。
オパールが七色に輝く仕組みは古くから色々議論を呼んでいて、様々な仮説で色々な人が説明を試みた歴史があるそうです。シリカのつぶつぶが無数に並んでいる電子顕微鏡写真をみたときはとても驚いたでしょうね。
前後編かけてオパールのお話をしてきました。実は、調べものをしてるときにまだまだおもしろい話がいっぱいでてきてるんですよね。さすがにオパールの話は一旦ここまでにしますが、いつかそれも語れる日が来るといいですね。
参考文献
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● 滝貞男 ほか(1987). 「合成オパールの観察」. 『山梨大學工學部研究報告』. vol.38. pp.79 - 84
● NIMS. NIMSホームページ コロイドフォトニック結晶の基礎と技術 https://www.nims.go.jp/opal/syokai/bragg.html
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