灰色の空

二週間前だったか、三週間前だったか。記憶が判然としない。いつかの日曜日。朦朧としながら秋葉原辺りを歩いていた。どこをどう歩いたか、景色なんてほとんど覚えていないが、灰色の空模様だけは覚えている。
目的はない。当て所もない。強いて言うなら、ただ音楽を聴いて歩いていることが目的だった。普段なら歩いている時、自然と考えがまとまり、心が落ち着く方向に向かうことが多いのだが、その日は違った。頭の中で、どんな思考も形を作る前に霧消していく。単にお腹が空いていたからかもしれない。

ただ歩くために都内に出た。散歩をするにも、つくばという街は広過ぎて、そして狭過ぎるので。電車で一本くらいがその時の気力の限界だった。つくばエクスプレス沿いの都内、どこを歩こうかと考えた時、北千住は何かを思い出すようで嫌だったし、浅草で観光客達に紛れられる自信はなかった。行ったことのない新御徒町はどうかと一瞬考えたが、上野辺りなんて北千住よりもっと近づきたくないことに気づく。結局何も選び取ることが出来ないまま、電車は秋葉原に着いていた。

新しい風が欲しくて、Spotifyを入れた。ちょうど、Youtubeで見つけた新しいバンドを聴き始めた頃だったので。正直に言って、Spotifyを過信していた。「自分に合った音楽を見つけてくれる」、そう思っていた。自動作成されたプレイリストを流してみたが、どうにもしっくりこない。フジファブリックもカネコアヤノもASIAN KUNG-FU GENERATIONも、自分を形作る音楽達であることに疑いの余地はないが、その時の自分にとっては違った。おすすめされる曲たちは、普段は好きな音楽達が学習の一種のノイズとなっていたのか、その時の自分にはあまり響かなかった。次々と曲を飛ばしていた。


当て所なく歩いた。行ったことのない場所に行きたくて、知らない大通りを真っすぐに進む。時々良い曲に出会うが、少しだけ感覚からズレている。何の気なしに道を折れてみると、見知った道に戻ってがっかりする。何度もスキップするアーティストを見つける。きっと普段であっても好きになれないな。途中で雨がぱらついて、強くなりそうな気配を見せたが、帽子を取り出して構わず歩く。相変わらず好きな曲は見つからない。こんなもんか。次第に視線が下を向く。街の外れで神田祭に出くわしたが、気分ではなかったので無視する。やっぱりSpotifyに期待し過ぎたな、と思い始めていた時だった。

耳元で鮮やかなギターが響いて、思わず灰色の空を見上げた。そのギターの音を知っている気がした。Syrup16g。
昔の曲は割と知っているつもりだったけれど、知らない曲だ。調べてみると、やっぱり活動再開後の新しいアルバムだった。そういえば聴いてなかった。

Syrup16gを初めて聴いた時を明確に記憶している。高校二年の梅雨の頃。修学旅行的なものでイギリスに行くため、空港に向かっていた電車の中。友人のウォークマンだかiPodだかで初めて聴いた曲は、「明日を落としても」だった。車窓から見える灰色の空。湿度が高く蒸した空気。一向に空港に着かない電車。遠くない受験勉強を控えた閉塞的な雰囲気も相俟って、Syrup16gを初めて聴いた時を記憶している。
バンドって、たまにバンド名を冠したアルバムを出す。大抵は最初か、もしくは最後。Sryup16gは後者だった。今振り返ってみると、「明日を落としても」みたいな曲とは違う悲しさがある。バンドの終わり。
新しい曲を聴いた時、戻ってきてくれてよかったと本当に思った。実は活動再開したのって2014年なので、もう9年も前のことになるのだけれど。9年っていうと、解散から活動再開までの期間より長い。全然聴いてないじゃん。まあSyrup16gに再び出会わせてくれた、それだけでSpotifyを入れた価値はあったな。



そして、とうとう明日になった。
正直に言って、一度明確な拒絶を示された人に会うのは怖い。いや、拒絶を示されたことが理由ではないのだけれど。
会うことになんて何の意味も無い。自己満足でしかなくて、ただ自分は傷つくだけだろう。傷ついても大丈夫だとは言わない。けれど、どれだけでも傷つく覚悟はする。自己満足どころか、ただの精神的自傷行為かもしれない。ただ自分がどれだけ傷ついても、後悔の少ない選択をしたかった。向こう側のことなんて考えていない。ごめんね、独りよがりで。自分なんてこんなものだから、きっと拒絶して正解だよ。

明日の夜には、どんな風に世界が見えてるんだろうな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?