演劇入門_cover

「演劇入門」を読んだ

「幕が上がる」という高校演劇がテーマの映画が好きで、その原作者である平田オリザが書いた演劇論の本という事で読んでみた。

自分自身は演劇経験は皆無で、観る側としてはDVDで国内の演劇をいくつか観た事がある程度。

どんな本かと言うと、

これもいささか大胆な言い方になってしまうのだが、この本はまず第一に、戯曲を書くこと、演劇を創っていくことのためのハウ・ツー本である。

(Kindle版位置:13)

と宣言されている通り作劇の手続きを再現可能なように言語化した本だった。
「後続の為に再現可能な手順を残す」という、IT業界的なドキュメンテーションの精神を感じる。

全5章のうち、1章~3章は著者が教える「戯曲を書くための講座」の内容を記述したものという構成。
「セリフ」「設定」「プロット」等においてそれぞれ具体例と「何がNGで何がOKか」「どうしてダメなのか」の理論的裏付けも添えられているのが自分好みだった。

例えば、

舞台設定を美術館だとしよう。主人公が入ってきて、いきなり、 「あぁ、美術館はいいなぁ」 と独りごとを言う。これがいちばんダメな台詞の例である。

(Kindle版 位置:71)

とよくネタにされる「コントの説明ゼリフ」に対するツッコミが入る。
「不自然なセリフ」の代表例だからこそネタにされてるんだもんな。
この後にちゃんと「こうすれば演劇のセリフとして自然になる」という例と、なぜ自然になるかの著者なりの見解が続く。

・一般に、「遠くのイメージ」から入るとリアルなセリフになる
・例えば美術館なら「静かである」とか「デートに向いてる」といった外郭にあるイメージを伝えるセリフから入っていく等

「直接的=下品」「間接的・婉曲的=上品」という価値観にも似てるな、と思った。

ここではリアルに感じさせる為のテクとして書かれてるけど、あの開演直後に特有の、観客である自分達も試されてるかの様な緊張感はここから来てるのかもしれない。
遠くのイメージから入るという事は、想像力を試されるクイズのようなものだから。徐々にヒントが出ていく感じ。

あと「演劇が生まれやすいシチュエーション」の話が面白かった。

そこで、私が一幕ものの舞台として選ぶのは、どうしても、プライベート(私的) な空間でもパブリック(公的) な空間でもない、半公的な場所となる。

(Kindle版 位置:537)

・パブリックな空間では会話は生まれない
・プライベートな空間なら会話は生まれるが、受け手が必要とする情報が伝えづらい(例えば登場人物の職業とか)
・だから演劇に向いてるのはその間の空間である

......という論理構成。

例示されてるのはお葬式とか(「内部」となる「家族」がいて、「外部」となる「弔問客」が現れる)。

確かに舞台演劇はそんなシチュエーションが多い気がする。
自分が好きな三谷幸喜作品の「バッド・ニュース グッド・タイミング」もこれから披露宴を迎える新郎新婦(内部)、式場スタッフ(外部)、新郎新婦の両親(事情を知らないので内部と外部の間?)って構成だったな。

全体を通して演技に関する話はほとんど無かった。強いて挙げるなら、

私は次のような条件の俳優を、劇団員として採用する。
  一つは、コンテクストを自在に広げられる俳優。
  もう一つは、私に近いコンテクストを持っている俳優。
  そして最後に、非常に不思議なコンテクストを持っている俳優。

(Kindle版 位置:1428)

という「良い役者ってどんな役者?」的な話。

ここで言うコンテクストとは、人によって異なる言葉の定義や習慣、文化などのこと。言い換えるなら...

・想像力によって差異を埋められる(「器用な」)役者
・演出家、劇作家と感性が近いからあんまり工夫せずイメージ通りになる役者
・強烈な個性を持つ役者

という感じ。

期待していた役者側に関するディティールはあまり無かったけど、100%門外漢の素人である自分ですら「戯曲書いてみたいな」と思わせるほど具体的・実践的で、ハウツー本としての完成度が高い本だった。


読んだ本: 演劇入門 (講談社現代新書) 平田オリザ

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