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第十七景 現実を知る話④

適当におにぎりを選び、なんとかその日は飢えをしのぐことが出来た。この先どうなってしまうのか?ということが頭をよぎった。

数日は同じことの繰り返しだった。朝早く起き、うんこを片付ける日々が続いた。

うんこ拾いにも慣れた、ある日のことだった。掃除を終え、俯きながら馬房から出た。顔を上げると、僕の教育係の男の子が隣の隣の隣の馬房の前で、正座をしているのだ。

その前には、牧場長が立っている。そしてものすごい剣幕で怒っていた。僕には思い当たる節があった。

その馬房は、僕がさっき掃除をしたが、耳を噛んでくる馬だったため、掃除を早めに切り上げてしまった場所だ。

牧場長に漏れうんこが見つかり、僕の教育係である彼が怒られているのではないかと予想した。いつ僕に怒りが飛び火してくるのか、内心ひやひやしていた。

本当にものすごい勢いで怒られていたし、ほぼ泣いていたので、僕は諦めて謝ろうと思い、近づき始めた。

近づくと会話が聞こえてきた。その馬房の隣の馬が熱を出していたという事だった。その馬は彼の担当馬であったため、異変になぜ気づかなかったのか?と問い詰められていたのだ。

なぜ、そんなに怒られているのか腑に落ちなかったが、よくよく考えれば、馬は数百万で取引される。高い馬であれば数億だ。

そんな高額な、言わば馬主に取っては資産となる馬が風邪を引いて、順調に成長できなかったら、責任は誰が負うのかということになる。

素晴らしく厳しい世界だ。牧場長の怒りは収まりきらず、教育係の男の子もひたすら謝っていた。

一通り、怒る気が済んだのか、牧場長は男の子を残しどこかへ行ってしまった。僕は、見なかった振りをしようと思い、別の馬房の掃除を始めた。

本当に恐ろしかった。明日は我が身なので、自分の出来ることを最大限しようと決めた。とにかく馬房をきれいにすることだ。

その出来事以降は、何も起こらなく坦々と日々が過ぎた。しかしうれしいこともあった。

初めてサラブレッドに乗ったのだ。ジョッキー用のヘルメットをかぶり、手綱を握らせてもらった。

もちろん男の子に引き馬をしてもらった上でだが、とてもうれしかった。視界が高く、しなやかな感じも馬の背中から伝わってきた。

順調?に日々が過ぎ、インターン期間の終わる日がきた。色々なことを知ったが、いちばんは僕にはこの仕事は向いていないということだった。

毎朝同じ時間に起き、掃除をし、寝るのも早い。そしてなにより価値の高い馬を預かることの重圧感に耐えられる気がしなかった。

自分が1週間過ごした部屋の掃除を済ませ、帰りは東北弁のきついおじさんの軽トラで美浦トレセンのバス停まで送ってもらった。

バスに揺られ、土浦駅に着いた。僕はすき家の看板を見つけ、牛丼の牛肉を噛みしめながら現実に戻ってきたと実感した。そしてここには二度と来ないんだろうと思った。

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