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幾何ブラウン運動モデルのメモ

追記(2024/05/27): この note はちょっぴり難易度が高く、長くて最後まで読めない方が多いため、投資初心者の方はこちらから読んでいただくのをおすすめします。

追記はここまでです。


できること

株価を幾何ブラウン運動でモデル化すると、◯年後に運が良い✗%の場合に株価が何倍になるかが計算できます。

モデルのパラメータは $${μ}$$ (年期待リターン)と $${σ}$$ (年リスク)です。この2つはなんらかの方法で推定する必要がありますが、ここではひとまず μ=0.07σ=0.20 と置きます。オルカン(ACWI)や S&P500 などの株価指数は、これくらいで近似できるからです。

このとき、

  • 10 年後に運の良い 20% で、株価は 2.81倍 です。

  • 10 年後に運の良い 50%(中央値)で、株価は 1.65倍 です。

  • 10 年後に運の良い 80%(=運の悪い20%)で、株価は 0.97倍 です。

  • 10 年後に運の良い 95%(=運の悪い5%)で、株価は 0.58倍 です。

これで、自分のリスク許容度を考えることができます。運の悪い 5% に入ることは普通にあり得ること。10年後に株価が 0.58倍 以下になったと仮定して、あなたは元気でいられますか?その怖さと引き換えに、運が良い場合にはリターンが得られるのが、インデックス投資というものです。

また、◯年後に株価が✗倍以上になる確率の計算も簡単にできます。インデックス投資を続けていくと、

  • 1 年後に株価が 2 倍以上になる確率は、0.07% です。

  • 10 年後に株価が 2 倍以上になる確率は、38.0% です。

  • 100 年後に株価が 2 倍以上になる確率は、98.4% です。

その逆で、◯年後に株価が✗倍以下になってしまう確率の計算もできます。

  • 1 年後に株価が 0.5 倍以下になる確率は、0.01% です。

  • 10 年後に株価が 0.5 倍以下になる確率は、2.96% です。

  • 100 年後に株価が 0.5 倍以下になる確率は、0.22% です。

インデックス投資にはリスクがありますが、長期投資を行うことで、最終的には儲かる確率がどんどん上がっていくことがわかります。(でも、必ず儲かるわけではないことに注意)。

具体的な計算方法

ここにある Google スプレッドシート使えば、上記が簡単に計算できます。数値をいじりたければ、「ファイル→コピーを作成」などすれば、自由に編集できます。

スプレッドシートの中で使われている数式の導出に関しては、wikipedia をご確認ください。対数正規分布の累積密度関数とその逆関数を使っています。幾何ブラウン運動モデルからこれらを導出するには、伊藤の公式など、大学レベルの数学を使います。大丈夫です、この部分がわからなくてもスプレッドシートで計算はできます。

例えばこのように結果を見ることができます。

μ=7%、σ=20%で、10年後に資産が何倍になるか?

この表は、縦にならんだ数字を一つのガチャガチャの中身と解釈できます。「投資比率」がガチャガチャの種類で、どの投資比率のガチャガチャを回すのか、自由に選ぶことができます。でも、投資比率を決めてガチャガチャを回した結果、どの数字が出てくるのかは、だれにもわかりません。運がよいときも、運が悪いときもあります。

一般的に、投資比率が高いほどハイリスク・ハイリターン、投資比率が低いほどローリスク・ローリターンです。幾何ブラウン運動モデルを仮定すると、これを具体的な数字で知ることができます。

リバランスとの関係

1年で株が10%あがったときのことを考えます。

100万円のうち50万円を株に投資し、もう半分の50万円を現金で持ち続けた場合は、株の50万円が55万円になり、合計で 105万円 になります。

一方、全財産100万円のうち50%を株に投資し、もう半分の50%を現金で持ち、その割合をリバランスし続けた場合はどうでしょうか。答えだけを言うと、105万円 より実現ボラティリティが大きければ増えます。小さければ減ります。

感覚的に言えば、リバランスにより、高くなったときに売り、安くなったときに買う効果があるためです。投資比率を $${L = 0.5}$$、株リターンを $${R = 0.1}$$、銀行金利を $${r = 0}$$ として、実現ボラティリティを $${S}$$ とすると、このときの資産は以下の倍率で増えます。

$$
(1+R)^L \times e^{-(L-1)r - \frac{1}{2} L(L-1)S^2}
$$

実現ボラ $${S}$$ が 0.20 だったら、105.4万円。実現ボラが 0.05 だった場合、104.9万円になります。(こちらの文献の式 (6) が対応しています  https://link.springer.com/content/pdf/10.1057/jam.2010.16.pdf  )

リバランスを行った場合の過去のリターンの計算はこのように少しややこしいのですが、将来の予測は全然難しくありません。ここが幾何ブラウン運動モデルの良いところ。

毎日全財産の 50% になるようリバランスするということは、幾何ブラウン運動の $${μ}$$ と $${σ}$$ をそれぞれ 50% にするのと同じこと。つまり、μ=0.035σ=0.10 にすればよいだけです。他は何も変えなくてかまいません。

厳密に言えば、リバランスを微小時間毎に行わなければ一致しませんが、毎日や毎月リバランスしているのであれば、誤差は十分小さくなります。年に一回以下のリバランス頻度だと、さすがに少しだけ誤差が見えてきます。

先のエクセルでは、「投資比率」のところに好きな数字を入れれば、自動的に計算されるようにしてあります。年期待リターン7%・年リスク20%・投資比率50%と、年期待リターン3.5%・年リスク10%・投資比率100%は、全く同じ結果が得られるはずです。

レバレッジETFとの関係

同じ状況で、全財産は100万円なのに借金して200万円株に投資した場合、株の200万円が210万円になり、金利0%で借金を返せば合計で 110 万円 になります。

一方、レバナスなどのレバレッジ投資信託・ETFを購入し、200%分株を買って毎日リバランスを行った場合どうなるでしょうか。答えだけを言うと、110万円より実現ボラが大きければ減ります。低ければ増えます。(さっきと逆!)

感覚的に言えば、リバランスにより、高くなったときに買い、安くなったときに売る効果があるためです。投資比率を $${L = 2}$$、株リターンを $${R = 0.1}$$、借金の金利を $${r = 0}$$ として、実現ボラティリティを $${S}$$ とすると、このときの資産は先ほどと全く同じ式である、以下の倍率で増えます。

$$
(1+R)^L \times e^{-(L-1)r - \frac{1}{2} L(L-1)S^2}
$$

実現ボラが 0.20 だった場合、116.2万円。実現ボラが 0.40 だった場合、103.1万円です。$${L(L-1)}$$の部分が、$${L=0.5}$$ だとプラスだったのに対し、$${L=2}$$ だとマイナスになるため、実現ボラの大きさによるリターンへの影響が反転しています。

レバレッジETFの過去のリターンの計算はややこしいですが、将来の予測は幾何ブラウン運動モデルを使えば簡単です。

毎日全財産の200%になるようリバランスするということは、幾何ブラウン運動の $${μ}$$ と $${σ}$$ をそれぞれ 200% にするのと同じこと。つまり、μ=0.14σ=0.40 とすればよいだけです。

厳密に言えば、リバランスを微小時間毎に行わなければ一致しませんが、レバレッジETFは毎日リバランスしているものがほとんどなので、誤差は十分小さいです。

先のエクセルでは、「投資比率」のところに 200% と入れれば、自動的に計算できます。なお、実際には借金の金利が 0% ではないことに注意して下さい。スプレッドシートは、金利も考慮して計算できるようにしてあります。

リバランスタイミングによる誤差

ここまで、幾何ブラウン運動モデルを仮定することは、リバランスを微小時間毎に行うことに相当すると述べてきましたが、リバランスをもっとゆっくりにすると、どの程度誤差がでるのでしょうか。

このコードを動かせば、1.75倍レバレッジをかけたときの 10 年後の資産倍率を、毎日リバランス、毎年リバランス、±10%リバランスなどで1万回のシミュレーションを行い、スプレッドシートと同じ「ガチャの中身」を推定することができます。

1万回のシミュレーションを行う関係で、1度につき30秒ほど時間がかかる点にご注意ください。

シミュレーションなので結果は毎回異なりますが、ゆっくりリバランスしても、スプレッドシートにある解析解と大きなズレがないことが確認できると思います。

最適レバレッジとの関係

投資家は投資比率を自由に選ぶことができます。スプレッドシートの一枚目には、$${μ=0.07}$$、$${σ=0.20}$$ で、20年後のリターンがどうなるか、投資比率を動かしながら書かれています。

投資比率が低いと、運が悪いときにも少ししかお金が減りませんし、運が良いときにも少ししかお金が増えません。投資比率が高いと、運が悪いときにもすごくお金が減りますし、運が良いときにすごくお金が増えます。

投資比率を決める作業は、たくさんあるガチャガチャの中から、一つだけ選ぶ作業と似ています。ガチャガチャの中身はスプレッドシートに書いてありますが、どれが出てくるかは誰にもわかりません。

ですから、運が悪いときでもどうにか大丈夫で、かつ運がよければハッピーになれるように、自分のリスク許容度に合わせた適切な投資比率を選ぶべきです。

一方、インターネット界隈では、中央値を最大にする投資比率のことが「最適レバレッジ」と呼ばれています。このスプレッドシートで言えば、運の良さが 50% の部分が最も大きくなる投資比率のことに相当します。

借金の金利 $${r}$$ で $${L}$$ 倍レバレッジをかけると、株価の $${t}$$ 年後の価格の倍率の対数は、平均 $${(L(μ-r) - (Lσ)^2/2)t}$$、分散 $${(Lσ)^2 t}$$ の正規分布に従います。その中央値は $${ (L(μ-r) - (Lσ)^2/2)t}$$ 。これは $${L}$$ についての 2 次関数ですので、中央値を最大化する $${L}$$ は、$${L}$$ で微分したものが 0 となる、$${L = (μ-r)/σ^2}$$ のとき。$${μ=0.07}$$、$${σ=0.20}$$、$${r=0}$$ なら、 1.75 倍レバのとき。これが最適レバレッジと呼ばれるものです。

スプレッドシートを使えば、運のよさ 50% の場合のみならず、様々な運のよさの場合のリターンを計算することができます。たまたま運のよさ 50% のガチャを引けば最適レバがよいのですが、そうではない世界線をひくことも存分にあり得ます。

ぜひ他の行、特に運が悪かった場合もよく見て、自分が耐えられると思える投資比率を選ぶことをおすすめします。

連続複利との関係

幾何ブラウン運動モデルで $${σ=0}$$ とおくと、将来の価格は分布ではなく数値が算出でき、その値は実は連続複利と一致します。

複利とは、利子にもまた利子が付くこと。連続複利とは、複利の付く時間単位を限りなく細かくした場合を指します。例えば、年換算金利が 5% で、それを 20 年投資したとすると、複利の付く単位によって、以下の倍率でお金が増えていきます。

年複利:  $${(1+0.05)^{20} = 2.6532…}$$
月複利: $${(1+\frac{0.05}{12})^{20\times12} = 2.7126…}$$
日複利: $${(1+\frac{0.05}{250})^{20\times250} = 2.7180…}$$
連続複利: $${e^{0.05\times20} = 2.7182…}$$

月単位や日単位の場合、連続複利と結果はあまり変わらないので、厳密な事を考えないのであれば、日複利のことを連続複利と近似してしまって問題ありません。

年換算金利が $${μ}$$ のとき、$${t}$$ 年後に単利だと $${1+μt}$$ 倍になりますが、1年を n 分割して複利計算すると $${(1 + \frac{μ}{n})^{nt}}$$ となり、その $${n→∞}$$ の極限をとることで、連続複利では $${e^{μt}}$$ 倍と求められます。もし連続複利に関してより詳しいことが知りたければ、例えばこちらなどをどうぞ。

幾何ブラウン運動で $${σ=0}$$ とおくと、$${t}$$ 年後の価格は  $${e^{μt}}$$ になります。これは、先ほどの連続複利に完全に一致しています。

幾何ブラウン運動モデルとは、つまり、リスク σ を考慮して連続複利の計算をするモデルなのです。

年換算の期待リターンが $${μ}$$ 、リスクが $${σ}$$ のとき、1 年後に単利だと倍率が平均 $${1+μ}$$、標準偏差 $${σ}$$ の正規分布に従います。これが微小時間ごとに複利的に行われると考えたのが幾何ブラウン運動モデルであり、伊藤の公式を適用することで、倍率の対数が平均 $${μ - σ^2/2}$$、分散 $${σ^2}$$ の正規分布に従うと求められます。

μ と σ の推定方法

ここまで $${μ=0.07}$$、$${σ=0.20}$$ としましたが、長期の株価データがあれば、$${μ}$$ と $${σ}$$ を推定することができます。

毎日の終値データから、今日の終値を昨日の終値で割り算して1を引くことで、毎日のリターンが何%か計算できます。その毎日のリターンを算術平均し、年換算(1年に250日分データがあるなら250倍)すれば μ の推定値になります。同様に、毎日のリターンの標準偏差を計算し、年換算(√250倍)すれば $${σ}$$ の推定値になります。

厳密に言えば、微小時間毎のリターンを計算して $${μ}$$ と $${σ}$$ を推定すべきなのですが、毎日のリターンから計算するのであれば十分誤差は小さくなります。

ここで、$${μ}$$ は実現リターンとは関連の薄い数値であることに注意して下さい。株価の実現リターンは、(毎日のリターン+1) を、掛け算したものです。そのため、実現リターンは、幾何平均リターンと関連が深いです。幾何平均リターンと $${μ}$$ は異なるものです。

ここを勘違いして、$${μ}$$ の推定値に幾何平均リターンを使っている場合がありますが、誤りです。$${μ}$$ の推定値には、毎日のリターンの期待値(算術平均)を使ってください。

幾何ブラウン運動でモデル化された株価の $${t}$$ 年後の価格の倍率の対数は、平均 $${(μ - σ^2/2)t}$$、分散 $${σ^2 t}$$ の正規分布に従います。$${μ - σ^2/2}$$ が算術平均から幾何平均を近似的に求める式だったことを思い出すと、倍率の対数の正規分布の平均が、まさに幾何平均に対応しており、きれいな関係になっています。

μ と σ の推定誤差

μ と σ の推定には、大量のデータが必要です。特に、μ に関しては信頼のおける推定結果を得るには、非常に長い期間のデータが必要になります。

https://www.sigmabase.co.jp/seminar/workshop/quan20170131_cfin.pdf

こちらの資料の6章に記述されている近似を元に μ の推定誤差を評価すると、t 年分のデータがあったとして、推定誤差(いわゆる1シグマ)は $${σ/\sqrt{t}}$$ となります。$${σ=0.20}$$で、10年分のデータしかなかったとすると、推定誤差は約 0.06。$${μ}$$ の推定結果が 0.07 だったとしても、実際には 0.01 -- 0.13 あたりのどの値なのかわかりません。

信頼できる推定結果を得るには、最低でも 25年程度(推定誤差 0.04)、できれば 100年程度(推定誤差 0.02)のデータが必要です。

リーマンショック後の15年のデータを用いると、円建てのオルカンや S&P500 の期待リターンの推定値は非常に高くなります。確実なことは言えませんが、15年程度ではデータが少なすぎて、期待リターンを大きくはずして推定している可能性があります。

$${μ}$$ のよい推定値をデータから求めるのは簡単ではありません。データから求めるのが難しければ、多くの人が使っている、$${μ=0.07}$$ を使っておけば、大外しはしていないだろうと思います。

一方 $${σ}$$ は、$${μ}$$ と比べれば推定誤差はすぐに小さくなります。リスクパリティなど、$${μ}$$ を使わずに $${σ}$$ だけを使う手法がありますが、それは $${σ}$$ だけは精度よく値が推定できるためです。

実際に $${σ}$$ を推定してみると、期間にもよりますが 0.2 より小さくなることもあるかと思います。$${σ=0.2}$$ は、少しだけ厳しめにリスクを見積もった数値になっているかもしれません。

推定誤差に関しては、こちらの質問への回答も参考にどうぞ。

モデル化誤差

幾何ブラウン運動モデルはあくまで株価変動のモデルであり、仮に理想的な $${μ}$$ と $${σ}$$ の推定値が得られたとしても、株価の将来価格の真の分布と、幾何ブラウン運動モデルから得られる分布にはズレがあります。

よく指摘される点に、以下の2つがあります。

  • 短い期間では、分布の裾がもっと広い

  • 長い期間では、分布の裾がもっと狭い

1点目は、ごく短い期間では幾何ブラウン運動が予想するよりも暴落が起きやすいということです。実際、幾何ブラウン運動モデルでは確率があまりにも低くなってしまうような外れ値データがたくさん観測されています。

こういった極短期の株価の動きを調べるのであれば、幾何ブラウン運動モデルを使わず、1日のリターンデータを大量に集め、◯%以上の下落が✗日中□回起きたか数えるといった、「ノンパラメトリックアプローチ」の方が正確な分析を行うことができます。

2点目の指摘は、長い期間では極端なことが起きにくいという指摘です。しかし、株式投資のたかだか数百年の歴史ではデータ数が少なすぎて、安易に結論を出すことはできません。

ただ、ファンダメンタルズからあまりにも大きくかけ離れた株価が長期にわたって続く可能性は低いと思うため、この指摘もまた正しいと私は考えています。ですが、ブラックスワンが発生する事もありえますし、どうなるかはわかりません。

このように幾何ブラウン運動モデルは、株価の完璧なモデルではありません。将来の株価の分布を推定するモデルや方法には、幾何ブラウン運動モデル以外にも様々なものがあります。

それらの中にあって、幾何ブラウン運動モデルは、たった2つのパラメータ($${μ}$$と$${σ}$$)で、完璧ではないものの、あらゆる時間のあらゆる運の良さの場合の株価を、それなりの精度の良さで計算できるため、こんなにも広く使われているわけです。

幾何ブラウン運動を株価の変動のモデルとして利用するするときのモデル化誤差については、こちらの質問への回答もご参考にどうぞ。

まとめ

幾何ブラウン運動モデルの良いところは、精度がまあまあよくて、簡単にいろんな確率が計算できるところ。

完璧なモデルではありませんが、インデックス投資のリスク許容度をチェックしたり、長期投資の効果を直感的に理解するためにこれほど便利なモデルはありません。スプレッドシートをいじって、ぜひ「簡単に計算できる」幾何ブラウン運動モデルの便利さを実感して下さい。

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