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幸せそうな家族の正体

以前電車に乗っていたときのこと。

僕が乗車した次の駅で、3人の家族が乗車してきた。
奥さんが赤ん坊を抱っこし、夫がその子をあやしている。僕の対面の席に2人で並んで座る。

微笑ましすぎやしないか?「幸せ」を辞書で引いたらこの図が記載されていること間違いなしだ。

しばらく観察していると、夫の凄さが目につく。
あやしが絶え間ないのだ。
乗車しながらもあやしていたところを加味すると10分以上あやし続けていることになる。
さらに、ワンパターン戦法ではなく、多種多様なあやし方をしていた。
どれも名前も知らない、見たこともないあやし方。

いないいないばあ一本槍の時代は終わったのか、それとも僕が子供の頃に親にかまってもらえてなかっただけか。
どちらにせよ、この子は器用な大人に育つ気がする。

車両全体が和やかな雰囲気になる。本当は大人もあやされたいのだ。
あの絶対的に保護されている感覚は、大人こそ味わいたい。

赤の他人の電車の乗客ですら和んでいるのだ、子供が退屈しないよう腕を振るってくれている夫を奥さんはどんな顔をして見ているのだろう。
これだけ頑張ってくれる夫を見慣れてしまうことはないだろう。

先まで目の離せなかった夫の凄みから左へ視線を移すと、冷たい目をしている奥さんが居た。

え、こわ。なんで?

もしかして夫、離婚寸前の最後の灯火??
にしては、切羽詰まっている感じのあやし方ではない。素人が見ても余裕がある。

奥さんが子供を抱いて大変な思いをしているのに、夫がお気楽だから??
それなら一言交代して欲しいと言えばいいはずだ。あんなに赤ん坊をあやす夫が交代をきっぱり断るとは思えない。

なんでそんな冷たい目ができる??
僕が妄想にふけっている間も夫はあやし続け、奥さんは冷たい目線を浴びせ続けている。

最初は和やかに見えた家族も、内部の温度差で奇妙に見えてくる。
1つの会話もなく、夫が楽しそうに赤ん坊をあやし続けているだけのとんでもない温度差の時間が、かれこれ20分も続いているのだ。
このままでは赤ん坊が風邪を引いてしまう。

次の駅のアナウンスが流れる。夫が席を立つ準備をしながらも、あやしに手を抜くことはない。


プシューとドアが開くと、まず夫が席を立つ。
少し奇妙だったが、これも1つの家族のあり方なんだろう。
和やかな時間の終わりが訪れる。
素敵な時間をありがとう家族。


ドアが閉まると奥さんと赤子だけが残った。
あの、夫降りちゃいましたよ?

先程までの冷たい目から、優しい母親の安堵の目に変わっている。


奥さんは奥さんではなかったのだ。

冷や汗が吹き出す。
おそらく、見ず知らずのおじさんに、電車に乗る前に「ちょっと赤ん坊と遊んでもいいですか?」のようなことを言われたのだ。
ちょっとあやすくらいならと思い許可を出したら、おじさんのちょっとがちょっとでなかったのだ。
可能性の1つのだが、駅に入る前から付き纏われていたと思うとゾッとする。

その日は2人で夜泣きをしたことだろう。

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