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【宝塚記念2022 回想録】 夢、駆ける。

    『あなたの夢、私の夢が走ります。』
          関西テレビアナウンサー 杉本清
 宝塚記念が近づくたび、いつもこの言葉を思い出す。
 
 スターホースの多くが2021年にターフを去り、喪失感と新たなるスター誕生への期待に包まれながら幕を開けた2022年春競馬。早くも残すは宝塚記念のみ。
上半期を締めくくるグランプリレースだが、例年の傾向としては、放牧に入る馬が多く、梅雨の時期ゆえ馬場が荒れるのを嫌って回避する一流馬も少なくない。
そのため、有馬記念に比べて盛り上がりに欠けるとも言われるが、今年は非常に豪華なメンバーが集まり、"上半期の中距離最強馬決定戦"と言っても過言ではないレースとなった。
 
 僕はその中でも、横山兄弟を鞍上に迎える4歳世代の二強対決に大きく注目していた。
一番人気 エフフォーリア。鞍上は横山武史。
皐月賞・天皇賞秋・有馬記念を制し昨年の年度代表馬に輝いた現役最強馬だ。
大阪杯ではまさかの9着となったが、輸送に弱い・エピファネイア産駒ゆえに早熟などの疑惑を覆し、改めて現役最強の地位を証明できるか。
ファン投票は2位に甘んじるも、それ以上に多くの期待が集まった。
二番人気 タイトルホルダー。鞍上は横山和生。
昨年の菊花賞を制し、有馬記念で5着に好走。今年に入ってからますます頭角を現し、日経賞を起点に天皇賞春を七馬身差の圧勝で制した。
G1制覇すべてが"逃げ"の戦法という稀代の逃げ馬だ。
勢いそのままに、人気投票では史上最多票となる19万票を獲得し、堂々のファン投票1位となった。
G2 弥生賞を優勝した実績があるものの、一番人気のエフフォーリアに比べて中距離での実績に乏しく、また直接対決においても全敗を喫しているため、二番人気に落ち着いたのだろう。
その他にも、故障を乗り越え前走でターフへの帰還を果たした無敗の三冠牝馬 デアリングタクト。
もうフロックとは言わせたくない大阪杯覇者 ポタジェ。
いつも破滅的なペースの大逃げでレースを沸かせるドバイターフ覇者 パンサラッサ。
数々のG1で2着に好走してきた実力馬 ディープボンドなど、豪華なメンバーが顔をそろえた。
しかし、そう遠くない未来に日本競馬を引っ張っていく名ジョッキーとなるべき若き兄弟と、日本競馬の新たな覇者たるべき2頭の放つ存在感は圧倒的だった。
このレースにおける"主役"が彼らであることは、誰の目にも明らかであったように思う。

 まもなくレースが始まる。
宝塚記念のファンファーレが鳴り響く。
2年ぶりに帰ってきた大歓声を聞いて、G1レースのファンファーレは観客の大歓声と一体となって初めて完成されるものだと再認識させられる。
ゲートが開く。やはりタイトルホルダーとパンサラッサが勢いよく飛び出す。
エフフォーリアやデアリングタクトは中団の位置。
そして熾烈な先頭争いを制したのはパンサラッサだ。
タイトルホルダーは大逃げを図るパンサラッサを先に行かせて単騎の二番手と言える位置。
そしてディープボンドは先頭集団につけた。
その位置関係を崩さぬまま、パンサラッサが3馬身ほど突き放して第4コーナを迎え、コロナ禍の夜明けを感じさせる歓声が彼らを包み込む。
追い込みの後続勢はここぞとばかりにグングンと前に詰めてくる。
そしてディープボンドは早くもムチが入った。
第4コーナを曲がり切ったその瞬間、二番手で虎視眈々と先頭を狙っていたタイトルホルダーがパンサラッサを捉えた。
パンサラッサはもう苦しい。
タイトルホルダーが一瞬でかわして先頭に立った。
残り400Ⅿ。
しかし、流石は菊花賞と天皇賞春の優勝馬。
余裕綽々と言わんばかりの脚色で後続を突き放す。
パンサラッサが沈み、好位置をキープしていたヒシイグアスが2番手に立つ。ヒシミラクルの再現か。ディープボンド・デアリングタクトも追い込んでくる。
しかし、エフフォーリアはまだ場群でもがいている! タイトルホルダーだ!タイトルホルダーだ!!
2馬身差の圧勝だ!!!
 
 強力な逃げ馬の存在・距離適性への不安・天皇賞春からの連戦による疲労への不安など、数々の向かい風を切り裂いての圧勝。終わってみれば、レースレコードに加えて阪神2200mのコースレコードまでも叩き出して見せた。まさにタイトルホルダーが日本競馬のエースとなった瞬間だった。そして、鞍上の横山和生騎手は、今年G1・2勝目。去年、大ブレイクした横山武史騎手に続き横山家の勢いが止まらない。
2着はヒシイグアス。流石はヒシミラクルの系譜と言ったところか。
3着はデアリングタクト。1年1か月ぶりの復帰戦となった前走ヴィクトリアマイル6着からさらに順位を上げ、ますますの良化傾向。この調子だと、11月に同じ阪神2200Ⅿで開催されるエリザベス女王杯なら復活勝利の可能性も十分にあり得る。無敗の三冠牝馬の活躍に今後も期待したい。
そしてディープボンドは4着となった。最後の直線では瞬発力の無さが仇となって伸びきれなかったように見えた。このまま善戦ホースで終わるのか、それとも悲願の戴冠なるか。まだまだ楽しみな馬だ。
パンサラッサは8着に終わった。序盤からレースを引っ張り、ハイペースを作り上げ、タイトルホルダーの圧勝に貢献した立役者であった。
そして、一番人気エフフォーリアは6着に敗れた…
前走大阪杯と同様、明らかに年度代表馬の精彩を欠いているように見えた。とはいえ、失望するのはまだ早い。彼の適性や実績的を考えれば、秋古馬三冠が本命のはずだ。長距離輸送に弱い可能性もある。阪神が苦手という可能性もある。なので、有馬記念の結果が出るまでは復活を期待して待つべきだろう。最強の座はいとも簡単に移り変わるが、復権も十分あり得る。それを見守るのも競馬の醍醐味だ。

 改めて、上半期の締めくくりに相応しい素晴らしいレースであったと思う。
そして、その日のうちにタイトルホルダーの凱旋門賞参戦と、鞍上を主戦の横山和生騎手が務めることが発表された。タイトルホルダーは、スピードとスタミナの双方に優れていながら、母系は欧州の一流血統である。これは期待せずにはいられない。
 夢の蹄跡は凱旋門賞へと走り出し、日本競馬の夢を乗せた全ての思いはロンシャンという一つの座標で交わる。今年の凱旋門賞が楽しみで楽しみで仕方がない。
 およそ3か月後、僕は競馬歴2年目にして、日本競馬の悲願《凱旋門賞制覇》が達成される歴史的瞬間の目撃者になるかもしれない。

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