辺境の地に月を見に行く話
月を見に行こう。
友人のOが急に言い出した。
なんでも今度の土曜日が満月なのだそうだ。
特に予定もなかったので、わたしは二つ返事で行くことにした。
すると、前日の金曜が近年に類を見ないほどの大雨と強風になった。
相変わらず彼との予定はトラブルが多い。
当日になっても、まだ雨は降っていたが、夕方が近づくにつれてだんだんと止んできた。
不通だった電車も走り出したので、とりあえず行くだけ行ってみることにした。
Oと合流し、20分ほど遅れてやってきた電車に乗り込む。
乗客はほとんどいない。
Oは酒やつまみを持参していたので、早速電車の中で缶ビールを開けた。
「危険信号のため、一時停止します」
車内アナウンスが流れ、暗闇の中に電車が止まる。
これくらいはいつものことだ。
しばらくして再び電車が走り出すが、やたらとゆっくりである。どうやら悪天候のため、徐行運転をしているようだ。
文字通り、雲行きが怪しくなってきた。
予定よりも大幅に遅れて、目的に駅に着く。
シーズンオフの辺境の駅に降りたのはわたしたち2人だけだった。
車内に残った乗客から奇異の眼差しを向けられる。
月どころか星もなく、さらに言うと街灯さえなかった。
現代社会ではなかなかお目にかかれない本当の闇である。
「よし、とりあえず上まで行ってみよう」
Oの言葉に従い、山を登り始める。
だんだんと暗闇に目が慣れてきて輪郭が分かってきた。
近くに滝があるようで、どうどうと恐ろしい音がする。
見晴らしの良い場所までやってくる。
「ここはコスモス畑なんだ。すごくきれいなんだよ」
そう言われても真っ暗である。
向こうにあるトイレの灯りだけが闇の中にぽつんと見える。
「あそこのトイレの窓から、人がこっちを見てたら怖いよね」
確かに怖い。
というか、出てもおかしくないシチュエーションだ。
むしろ何も起こらないのが不自然なほどの静寂と闇である。
一応、空を仰いでみるが月は見えなかった。
それどころかポツポツと雨が降ってきた。
我々は諦めてまた闇の中に戻っていった。
「よし、景気づけにたまご酒を飲もう」
謎の理由でたまご酒をラッパ飲みして、無理矢理にテンションを上げる。
たまご酒はやたらと甘かった。
そして、もちろん翌日は快晴なのであった。
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