ゴッキンゲルゲル・ゴキ博士の知らんけど日記 その3:師匠論

 私は京都文教大学で23年間、教えるもどきのことをしていたのであるが、定年を待たず今年の3月で早期退職した。2月26日に、元ゼミ生の松田真理子教授や倉西宏准教授をはじめ、多くの方々の多大なるご尽力により、最終講義を行うことができた。同大学客員教授の鏡リュウジ先生も駆けつけてくださり、まことにこの身に余る盛会となった。終盤、元ゼミ生代表の一人としてユング派分析家の樋口幸子先生が「秋田先生は、私がゼミ生の時、1年間一切ゼミを開かなかった。勉強は自分でするものだ、とか言って」と述べられた。私はそこまでの大物ではないので、1回もゼミを開かなかったというのは彼女の記憶違いであると思うのだが、20年も前のことなので今となっては定かでない。が、もし本当なら大したものだ。「勉強は自分でするものだ」は、私の持論。先輩に教えていただかないと習得できない技術は確かに数多くあり(例えば、採血の仕方)、それらについては手取り足取り教えてもらわないことには一人前になれない。それでも、「独学」の領域をできるだけ拡げてほしいと思っている。前述の樋口先生が、後日「何も言ってもらえなくて本当に助かった」旨のことを言ってくれたが、少なくとも彼女の場合、才を伸ばすことを邪魔せず、そっと見守れたのかもしれない。
 2日前に藤井聡太棋聖について書いたが、その師匠・杉本昌隆八段がこれまたすごい。小学4年で彼のもとに入門してきた弟子・藤井聡太にまったく何も教えなかったという。自分ごときが下手に手を出すと、この天才の芽をゆがめてしまうかも知れないとのお考えだったようだ。だが、これは藤井聡太棋聖に限ってのことではない。誰もが皆、天賦の才を持っている。その種子をできるだけ健やかにはぐくむためには、水や肥料を与えすぎてはならない。


 ところで、私も、実は師匠運にとてつもなく恵まれている。まず、幼少期より吉田満穂牧師の教えを何度となく受けることができた。彼は、まことに素晴らしい牧師であった。と言うか、牧師ということを超えて、あれ以上の人物を探すことは簡単ではない。そして、高校一年生の時、日本一に2回輝かれた美しい上段の剣士・川添哲夫先生に、体育の授業でご指導いただいた。一度、街中で彼の姿を見つけた。背後から不意打ちを食らわしてみたらどうなるだろうかと一瞬頭をよぎった。気配を察して瞬時に裏拳か何かで殺されてしまうイメージがよぎったゆえ、とり止めた。思い出しても背筋が凍る。それだけのただならぬ気配を漂わせておられた。
 話はそれるが、剣道はよい。年に一度開催される全日本剣道選手権大会はテレビ放映される。時間があれば観るようにしている。将棋や囲碁もそうであるが、剣道もまた最初から最後まで、ニコリともしない。ガッツポーズなどとんでもない。優勝インタビューでさえ、笑顔を押し殺している。相手を思いやってのことであろう。柔道は、残念ながらJUDOになってしまったので、ガッツポーズも当たり前になってしまった。悲しいことだ。剣道にも世界大会があるらしいが、KENDOにはなってほしくない。

 話を戻して師匠のこと。学校でも塾でも、師匠運は実によかった。精神科医になってからもそうだ。先輩方は本当に尊敬できる方々ばかりであった。今もその教えは、私の魂に刻み込まれている。
 ユング心理学の最初の師匠は、河合隼雄。心理臨床学徒で、この名を知らない者はいないだろうが、文化庁長官にまでのぼりつめられた方であり、心理臨床を超えて広く知られた人物である。有名であるだけでなく、彼もまた本当にすごい存在であった。学識が深いのはもちろんのこと、ユーモアのセンスがただ事ではない。彼の周囲は常に笑いで満ちていた。彼の業績は膨大であるが、その一つに、私が「もの言わぬ分析」と呼ぶものがある。私は、彼に’91~’93年にかけてユング派の教育分析を受けたのであるが、有り難いことに本気で鍛えてくださった。彼のような怪物に本気を出されると、私などたまったものではなく、何度か文字通り死にかけた。96時間の分析(1回50分)の間、彼は何も言わない。黙したまま。もう少し具体的に言えば、私が一週間にみた夢を読み上げる。それに要する時間は数分から長くて10分。西洋の、というか一般の分析家は、そこで夢の解釈を始める。が、河合先生はまったく解釈をしない。一度だけ、「これは秋田さんの影かもしれんね」とおっしゃった。解釈らしきことは、他にはまったくなし。解釈以外のお言葉もほとんどなし。まことに奇妙な修行であった。ものすごくきつかった。それでも、先生は私のあるかなきかの天賦の才を育ててくださったと、今ではその確信は揺るぎない。と言って、この「もの言わぬ分析」は誰にでもできるものではない。もの言わずして、存在のみで勝負する。気配のみで勝負する。自ずと発せられている波動だけで勝負する。これがいかに高度な「技術」か。私は、これを「波動精神医学」へと発展させていきたいと思っている。有り難いことに63歳になった今も、河合先生をはじめ偉大な師匠たちに耕された土壌で、私という「木」は、まだ成長し続けている。知らんけど。

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