第二回ゴイサギ読書会『春原さんのリコーダー』東 直子 レポート


開催日時:2020年3月7日 (土)15:00~17:00
開催場所:塔短歌会事務所
出席者:河野美砂子(レポーター)、五十子尚夏、いわこし、魚村晋太郎、大森静佳、近藤かすみ、笹川諒、道券はな、中津昌子、長谷川麟、松村正直、三潴忠典、梅原ひろみ(記録)  以上13名。

まずレポーターの河野美砂子さんがA4?2枚のレジュメをもとに発表をおこなった。
河野さんは『春原さんのリコーダー』の一部が雑誌に掲載された当時にリアルタイムで読んで、
非常に新鮮だったのを覚えておられ、本歌集の巻頭に置かれたそれらの一連の歌が今も大好きであるとのこと。
歌の特徴として、「少女期の感受」・「言葉、文体の魅力」について、幾つかの切り口からアプローチがあり、
続いて歌集全体と、短歌史における位置についての考察があった。場面の直感的な掬い方、手ざわり感のある柔らかな口語と、
会話体・ダイアローグの多用に多く言及があった。全体に、次世代への影響は大きいが、批評の言葉が追い付いておらず、
短歌史的な位置づけが難しいといえる。

口語短歌の文脈から、全体を通してしばしば穂村弘との対比がなされた。

以下、次の順に記載します。
*レジュメの各項目と河野さんのコメント(→)および例歌
*参加者の発言より
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*レジュメの各項目と河野さんのコメント(→)および例歌
東直子(昭和38・1963年~)『春原さんのリコーダー』(一九九六年・本阿弥書店

*歌の特徴 
 ・少女期の感受 =おびえ、「無限喪失/永遠希求」(穂村弘)    
→「無限喪失/永遠希求」は東さんのことを言いながら、穂村さん自身についても言っている言葉(by 米川千嘉子さん)。しかし両者は全く違う。  男女の違いか
→手ざわり感(体感、匂い、湿り気、痛み)→共有しやすい。特に「匂い」が多い。
→童話的(なつかしさ、ほわっとしたあたたかさ、ユーモア、怖さ) 怖さ                                

初秋の文鳥こくっと首を折る 棺に入れる眼鏡をみがく(レジュメ23)

→従来の「情念、気持ち、思い」から一歩引いている          →対話の多さ。半分以上が他人との会話。それまでの短歌の対話の相手は  
   相聞の対象であったが、本歌集ではそうではない。

(Re:一首鑑賞「日々のクオリア」花山周子)
https://sunagoya.com/tanka/?p=20987
https://sunagoya.com/tanka/?p=20960

*言葉、文体の魅力                        
→軟らかな口語(会話体、ダイアローグ)、ひらがな、リフレイン

雪が降ると誰かささやく昼下がりコリーの鼻の長さひとしお   (レ30)
少し遅れてきた人の汗ひくまでのちんちろりんな時間が好きよ   (レ39)

→一首の途中、または最後に挿入される、突拍子もないフレーズ
→既成の言葉を解体し、自ら見つけた柔らかい言葉で名付け直す 

お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすずみいろのせんぷうきのはね (レ42)
                               
→ゆっくりとモノを言う。
→5Wが欠けていることによる謎、不思議な感覚、読者に説明しない
→「読者を信頼している」というのとも違う。
→初期のみに在る直感で捉えた、清新な言葉の組合せ(従来の「短歌」を学習していない魅力)

*一首の中に意味的な矛盾があっても、何か説得されてしまう生々しさ

つま先で通る廊下のしずけさよ裁判官の荘厳な昼寝  (レ13)
菊の花のひとひらふいに殺めつつなたね油はゆうぐれである  (レ18)
そうですかきれいでしたかわたくしは小鳥を売ってくらしています (レ41) 

→少女時代の何ともいえない感覚をやわらかな口語で表現。
→自分がこれだと思ったら、パッと掴まえて言葉を取り出す。場面としての リアリティがある。作っていない。言葉を投げるタイミング。「技術」と して使うとあざとくなるが、体感的に掴んだであろうことが読めば分かる
 (理論的に説明できないが)。


お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすずみいろのせんぷうきのはね (レ42)

→穂村さんはどちらかと言えばツルっとアニメ的、一点ドッキリのような。どちらも写真にはなるが。

*歌集全体について
→作中主体の位置の曖昧さ。歌によって異なる 
→〈Ⅱ〉の部分のまとめ方の難しさ                  →狭義の「作品の背後にただ一人だけの顔」が見えない 
→逆にそれが魅力?

ははそはの母の話にまじる蝉 帽子のゴムをかむのはおよし (レ12)
特急券を落としたのです(お荷物は?)ブリキで焼いたカステイラです(レ43)                                 

→「ひやしんす」「草かんむりの訪問者」を中心とする、歌集の最初の部分が非常に良い。「草かんむりの訪問者」は一九九六年の歌壇賞受賞作。
→作中主体の希薄さ。ワンシーンごとに作中主体がうっすらと投影される。主体の求心力は強くはないが、無意識に投影されている。当時より現代の方が受け入れられやすい。

*短歌史における位置 
→口語短歌ではあるが、バブル期(86年~91年)の、林あまり、俵万智、加藤治郎、穂村弘らのきらきらしたお祭り的な歌の後に登場した、ゆっくりとした口調の陰影ある口語短歌                  
→浮かれていない。東直子の登場に、口語短歌はまだ続くと思った。 
→直感でつかんだ言葉や意味的な飛躍は魅力的だが、それを普遍化する批評の言葉が追い付かないため、短歌史的位置の評価が難しい。

*次世代への影響
訊かれればすっとんきょうな冬晴れに見てない映画の感想を言う                 てへらって笑ってもダメ - - - - は谷折りにしてくれなきゃ困る                       宇都宮敦『ピクニック』2018年

毒舌のおとろえ知らぬ妹のすっとんきょうな寝姿よ 楡 (レ19)
丸めがねちょっとずらしてへっ、と言い革の鞄を軽そうに持つ (レ16)
谷折り線をながめ一日 髭面の男の旨にウッドストック  
『春原さんのリコーダー』1996年

パチンコ屋の上にある月 とおくとおく とおくとおくとおくとおく海鳴り
永井祐                               

まるでそこから浮かび上がっているようなお菓子のそれでこそビスケット 
土岐友浩 

→東さんは「塔」のタイプではない。「かばん」所属がよかった。スタートは林あまりの投歌欄、結社でないところで歌を始めた。
→『春原さんのリコーダー』1996年、『青卵』2001年。その後、歌集は出ていない。物語、童話の分野でも活躍。今は新鋭発掘などプロデュースに力を入れている。

*参加者の発言より
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*歌集の特徴、世界観

まほろばをつくりましょうね よく研いだ刃物と濡れた砥石の香り (レ48) ・呼びかけ・ダイアローグ、手渡す歌。あたたかく、巻き込まれる。
 ・作ろうとしていない。天然さ。
 ・子どもの視点。子育ての経験。平仮名の多用。体感的。
 ・自分よりも、自分から見る他人に関心がある。自分が写真を撮る側。
 ・演劇っぽい。巫女さんのように、誰に言っているか分からない。
 ・とらえどころないまま、変わっていく私。内省的。

*表現

うすばかげろういろのはんかち胸にいれ草庵へゆく草庵は春 (レ44)
羽音かと思えば君が素裸で歯を磨きおり 夏の夜明けに (レ49)

 ・音の感覚が良い。音が音を呼んでいく→定型の力。読者は読んでいて心地よい。

ひやしんす条約交わししゃがむ野辺あかむらさきの空になるまで (レ4)

 ・「ひやしんす」連作 サ行とハ行の頭韻。

繊月にママ盗まれた路地裏をしりーんしゃれーんと風ふきぬける (114p)
 ・オノマトペが多い。(「しりーんしゃれーん」→博多弁で「知りなされ」)

雪が降ると誰かささやく昼下がりコリーの鼻の長さひとしお  (レ48)
 ・「ひとしお」口語ではない文章語。こういった語がはまった時の広がり。

テーブルの下に手を置くあなただけ離島でくらす海(か)鳥(もめ)のひとみ (62p)
 ・体言止めにすると映像のイメージ。カメラアイで撮っているような。
 ・フレーズの力がすごい。意味が取れなくても覚えてしまう。
 ・あり得ないことをくっつけると真実が生まれ、詩になる。

*連作「ピンク・スノウ」、「森の中で」

気持ち悪いから持って帰ってくれと父 色とりどりの折り鶴を見て (132p)
母親はうつろな器くるぶしに糸みたいな血がおりてゆきます (レ47)

 ・女性性―時代背景(林あまりさんが東さんの歌のスタート)。
 ・少女期と切り離せない感覚。ホラー、おびえ、生々しさ。
 ・本歌集の中で、童話の持つホラー性を担うのがこの連作か。
 ・穂村さんの連作は一つのイメージはあるが、歌どうしはバラバラ。
 ・東さんは必ずしも一人が主体ではないが、一人でも読める。

森の中に行ってしまった母さんはいえいえずっとここにいました (124p)

 ・「ピンク・スノウ」/「森の中に」童話的。母の歌がいい。

*口語短歌の流れの中で
 ・口語の豊かさ。穂村さんで口語は終わるかと思われたが、東さんでバリエーションが出て、ようやく豊かになった。
 ・笹井宏之が先かと思っていたが、その前に東直子がいた。
 ・笹井宏之には佐賀の「玲瓏」塘健さんの影響も(リアリズムでない。佐賀新聞投稿)。
 ・「~でした」の文体は、先行の永井陽子にもある。
 ・穂村さんより東さんの方が今の若い世代への影響があるのではないか。
 ・短歌のことを分かった上で、意識的に違うことをしているような。
 ・口語の歌集は、後半でしんどくならない歌集が少ない。

*その他、話題になった歌

廃村を告げる活字に桃の皮ふれればにじみゆくばかり 来て (レ8)

 ・「来て」と持ってこれる力業。
 ・「廃村を告げる活字」は新聞で、桃の皮をその上で?いて(包んで捨てる)というイメージが浮かぶ世代とそうでない世代あり。
 ・「来て」は相聞のイメージだが、廃村が「来て」と言っているとも取れるよう。
 ・「来て」の前までが、有心の序的に働いている。

井戸の底に溺死しているおおかみの、いえ木の枝に届く雨つぶ (31p)

 ・「おおかみに」でなく「おおかみの」で宙づり感が出る。
 ・意味が分からない歌はダメと言う場合もあるが、それがいい。脱臼した感じ、屈折感。

え、と言う癖は今でも治らない どんな雪でもあなたはこわい (レ28)

 ・あなたが雪をこわいのか、主体がどんな雪の日でもあなたをこわいのか。
 ・意図的に幅広というより、意図が伝わっていないのかも?

筋肉質の少女が渡る朝の橋たわわな光ちらかしながら(38p)
おばさんのようなたましい取り出してしいんと夏をはじめる男 (54p)
とてもだめついていけない坂道に座っていれば何だか楽し (63p)
ふくらみはへこみますともささくれがとけるそくどで ととせはたとせ  (66p)

 ・どこから出てくるのか、気になる。

お別れの儀式は長いふぁふぁふぁふぁとうすずみいろのせんぷうきのはね (レ42)

 ・葬儀の場面だが、柔らかい言葉で言い換えている。捉えなおし。
 「言い換えている」という言い方は結社的であって、それ以前のところの、東さんの特質ではないか。

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