第六回ゴイサギ読書会『はるかカーテンコールまで』笠木拓 レポート

第六回ゴイサギ読書会『はるかカーテンコールまで』笠木拓 

開催日時:2020年11月7日(土) 15時~
開催場所:塔短歌会事務所
参加者:長谷川琳(レポーター)、いわこし、大森静佳、川本千栄、河野美砂子、近藤かすみ、
土岐友浩、笹川諒(記録)

内容:                               <レポート> ※当日配布のレジュメからそのまま転載        

・韻律としての心地よさ(ゆるやかな定型意識)
・語感の良いカタカナ語の多様(心地よい)
・文体の多様性(口語、文語、会話体)

・届かなさ、遠さ、憧れ? (読後感は温かいイメージだった)
 →①祈り、願いへの帰着
 →②行動に帰着せず、思いや物への帰着(体言止めの多様)
 日々に確かな生活があるように感じた。

・他者との交流や思いを詠いつつも内省的
・体言止めの歌が多い? 意識は外に向いていつつも矢印は自分に向いて   いるようなイメージ      →詩的な着地

・ひとつひとつの連作の構成力の高さ、歌集としてのまとまり

・主体のベースとしての【足りなさ】【届かなさ】みたいなものがあって、だからこそ温かく感じる歌がたくさんある素敵な歌集だと思いました。少し肌寒い夜にカーディガンを羽織ってるよなイメージ。
 少し寒い(自分の力ではどうしようもならないこと)けど、カーディガンを着て暖かくて気持ちいい。みたいな感じ?


<参加者の発言より>

・メッセージ性はなくても音で読ませる歌がある。韻律が良い。
 口語特有の「伸ばし」を上手く使っている。                                       
  (「じゃあね」というフレーズなど)

<朝が来るまでに帰らな漁火は先回りして悼むいとなみ> p.89
<騙るしかできない過去を携えて歩く、なんてね。木の上に月> p.122
 →堅めの文語、くだけた口語が併存し、文体に幅がある。
文語は美意識に基づく世界観の構築、口語は複雑な心情の吐露、という感じに使い分けが巧み。

・特に前半のところだが凝りすぎ、お洒落すぎるフレーズがやや気になる。 言葉で先に作っている印象。
 
<かえりたい未来はなくてさっきまで襟足だったところがさむい> p.25
 →魅力的なフレーズが一首に二つ(上句と下句)あると、わかりにくい。
 「言葉」は歌集の一つのテーマなのではないか。

・上句下句のどちらかにパワーのあるフレーズがあって、忘れられない歌が多い。
古典の世界の要素(はるかなるもの、季節感)と全然違うもの(例えば、肉まんや缶入りしるこ等)が合わさることで、他に見たことのない個性的な一冊になっている。

<金の額縁 醒めないままでいることがわたしを弱くしませんように>p.142
→歌集全体を覆う微熱のような感覚に通じる。

・きらびやかな言葉で世界を作っていくが、言葉が浮いてしまうはない。
ジェンダー的なところは歌集の本質というわけではなさそう。
文語と口語が混ざっていることによる違和感がない。
古典和歌を詞書のように引いたり、本歌取りをした歌が歌集後半にある。

・「喉」という言葉がよく出てくる。作者にとって、短歌は舞台やステージの上で歌いあげるようなものなのではないか。
華やかな舞台上の世界と日常の細やかな部分が両立している。

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