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クォーツは言った(3)

雨が降っている。誰もいない家はよく音が響く。何もすることはない、いやできないのだ。わたしはこうやって立派に思考することができるがその見た目は大きめの石である。
自分が石であるという事実は思いのほかわたし自身を縛り付ける。だってどこにも行くことができない。美しいものの隣にいることさえ、彼女ーーこの家に住んでいる女性のことである、どうやらわたしは彼女の指の先から出てきたらしいーーの手を借りなくては難しい。
美しく咲いていたあの山吹の黄色い花は枯れてしまった。あれらが反射する光はわたしを柔らかく包んで、それは気持ちのいいものだった。幸福なことにわたしは思い出すことができるので、あれらが枯れてしまってもこうやってあの心地よさにふれることができる。
彼女にきくと、あの花はまた来年咲くらしい。おぼろげにその事実をわたしは知っていた。しかし、それは来年咲く山吹がわたしが愛したあの美しさなのか。
ーーまた来年、会おうとでもささやけばよかったのか
なんにしても答えを知っているのはもう枯れてしまったあれらだけだ。

雨の音に耳を澄ます。彼女はわたしを窓辺においてどこかに行ってしまった 。最近はよく出かけるようだった。彼女へ一緒に連れていくように言い聞かせてはいるが一向に首を縦にふらない。そんなに渋ることがあるのか非常に疑問だが、どうやらわたしのようなものがこうやって思考して疎通をはかることはあまりないことらしい。そんなこと知ったことかと正直なところ思うが、確かにわたしは彼女以外の人間に直接会ったことはない。どんなに恐ろしいことが起こるのか、それさえも興味深くある。
ーーそれにしたって彼女は石のツラさがわかっていないんじゃないのか

雨の中に異音が混じる。彼女が帰ってきた。
「ただいま」
ーーやあやあ遅かったじゃないか、退屈でわたしの精神まで石になるところだったよ
「はは、なったらいい」
彼女はリビングに来ず、そのまま台所に直行した。ガサガサと騒がしい。
ーー何か話をきかせてくれよ、今日はずっと雨だったから音も単調でわたしが好きな感じではなかったんだ。こうやって頼れるのは君だけなんだから、頼むよ。
引き戸のすりガラスに人影がうつる。
ーーわあ、なんだねそれは。
「紫陽花だよ、川向こうの佐伯さんの庭にたくさん咲いててね。見とれていたら、枝を切って渡してくれたんだ」
優しく微笑みながら紫陽花を見る。君もこういうの好きだろう、リビングのテーブルに紫陽花を置く。
ーー君の父さんもこれが好きだったなあ
「たまに適当なことを言うなあ」
ははと言葉だけで笑ってみせる。それに合わせて彼女もいたずらな笑顔を見せる。
再び沈黙が訪れて、雨の音が響く。
彼女は紫陽花の向こう側をじっと見つめていた。

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