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当 世 地 獄 事 情 覗 機 械

(とうせいじごくのありさまのぞきからくり)

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門 #掌編小説

    芥川龍之介+埴谷雄高風に
   
                         郷 朔次郎
                                    

 或る日の事でございます。御釈迦様は…違った、閻魔様は、二人の新入り亡者を案内して、血の池地獄の淵をせかせかと通り過ぎようとしていらっしゃいました。
「いいか、地獄に来たからにゃ、この生臭え臭いにも早えとこ慣れなきゃいけねえぜ。ああ、忙しいったらありゃしねえ。いくらこっちから誰でもいいからどんどん送り込めって言ったからって、HTBの奴らめ、こんなタイトなスケジュール組みやがって。」
「HTBって何ですか?」
「ヘル・ツーリストビューローだ、地獄交通公社とも言うけどな。おめえら、そのツアーでここ来てんのに何言ってんだよ。」
「そうでした、行きっ放しの片道ツアー。別に頼んでなんかいなかったのに…。しかし、閻魔様直々に案内してくださるとは。」
「気にすんな。ここんとこやる気なくてフケちまう鬼どもが多くてよ。なんせ究極のブラック環境だかんな。おめえらは補充要員ってわけだ。ところで、おめえらの名めえはなんてえの? チャカポコチャカポコ・トニー谷。」
「山根赤鬼でーす。」
「山根青鬼でゴザイマス。」
「こりゃまたピッタンコの名めえじゃねえか。娑婆では何の商売をやらかしてたんだ?」
「漫画家でーす」
「漫画描きでゴザイマス。お客様は神様、お釈迦様は仏様でゴザイマス。」
「出来損ないの三波春夫みたいなこと言ってんじゃねえよ。あ、レツゴー三匹のほうか、一匹足んねえけど。それに釈迦だの仏だの平気で口にするとは、場所柄を弁えろってんだよ。ここは地獄だぞ。分かってんのか、あーん?」
速足で先を急ぐ閻魔様を見送りながら亡者の二人は声を潜めて、
「しかし、青鬼よ。」
「なんだ、赤鬼よ。」
「べらんめえの閻魔様って違和感あるなあ。」
「全く以って激しく同意。」
すると、離れた所から振り向いた閻魔様が、
「なんだと、この野郎。なんか文句あんのか。」
「あれ、聞こえちゃいました?」
「地獄耳だ。」  
「あのー、馬鹿な質問だと怒らないでください。操縦できるんですか、機長?…じゃなかった、あなたはほんとに閻魔様ですか?」
「操縦? できないよ、全然。と、言いつつここで思いっきり急ブレーキをかける、って俺はダーティー・ハリーか、乗せるんじゃねえ。おや、するってえと何か、てめえら俺にアヤつけるためにわざわざこの地獄くんだりまでやって来たってえわけかい? 上等じゃねえか。」
と言いながら、閻魔様はまた忙しなく歩きだしたのでございます。
二人の亡者も後に続きます。前方に針の山が見えてきました。
「ひいふうみい…、ひいふうみい…、」
「楽しそうに針の山で針の数勘定してるのがいますけど、あれは誰ですか。」
「山根一二三だ。おめえらのダチだろうが。」
「あっちで笑いながらサボテンに抱きついてるのは?」
「馬場のぼるだよ。」
「うわっ、甘ったるい匂いがしてきましたね。」
「アップルジャムの池だからな。」
「池んなかで、体中ベタベタになって転がり回ってる阿呆がいますよ。」
「杉浦茂だ。奴は娑婆にいた頃からぶっ飛んでただろ。」
「向うで、竹刀と十手で立ち回りしてるオヤジ二人はなんですか。いい年してみっともない。」
「しょうがねえやな。奴ら他に能がねえんだから。赤胴に竹刀が武内つなよしで、朱房の十手がうしおそうじだ。」
「両手を横に突きだしてブーンて言いながら飛び回ってる奴は、あれは蜂のつもりなんでしょうかね。」
「胸に〈隼〉のロゴ入ったTシャツの野郎だろ、わちさんぺいだな。」
「柔道着着たイガグリ頭のおっさんがいますね。」
「福井英一だってばよ。」
「イガグリがベレー帽にメガネの弱そうな男を『へっぽこ藪医者』って言いながら投げ飛ばしましたよ。」
「投げられたのは、手塚治虫だっちゅうの。」
「どうしてこんなに漫画家がいるんですか?」
「そこよ。娑婆の奴ら、漫画家なんて子供のためにならねえ役立たずの厄介者だってんで、みんなまとめて送り込んできやがって。まったくどうしようもねえ。」
「えっ、地獄送りを決めるのは閻魔様じゃないんですか?」
「地獄の沙汰も娑婆の評判次第ってことよ。とは言うものの俺も漫画家どもにゃ弱ってんだよ。あいつら地獄の風紀を乱しっぱなしだからな。」
「そりゃまたどうしてですか?」
「どうしてって、今見たばっかりだろ。どいつもこいつも地獄を楽しんじゃってんだもんよ。俺の立場がねえじゃねえか。」
「はあ、そういうもんですか。」
「そういうもんだよ。ここんとこめっきり地獄に来る奴が減っちまってな。娑婆にゃあ地獄堕ちが似合いの奴らが溢れてるってのによ。その本家地獄が閑古鳥たぁ笑い話にもなりゃしねえ。そんなわけで、こんな奴らでも入れねえことには、こちとらの商売あがったりだからな。はぁああ、頭が痛えよ。」
「商売って…、 なにか手を打たなかったんですか?」
「やったさ。」
「どんな手ですか?」
「いやな。亡者候補が減った一番の原因ってのを付きとめたら、信濃の善光寺だってことが分かったのよ。血脈の印の功徳なんてのを売りものに、布施をふんだくって金出した奴らみんな極楽へ…、ということらしい。まったくふてえ坊主どもだ。が、と分かりゃあ話は早えや。細工は流々ってな。」
「どうしたんですか?」
「あっは、知れたことよ。泥棒を送り込んでその血脈の印とやらをガメちまおうって寸法だ。なんせここは地獄だからな。盗っ人の人材にゃ事欠かねえさ。」
「なるほど、さすが閻魔様。」
「おだてるねい。で、泥的の人選に入ったと思いねえ。」
「へえ、思いました。」
「さあ、そこで困った。」
「なんでです?」
「悪党が多すぎるんだよ。誰にしていいか迷う迷う。いずれがあやめか杜若、違うか。どいつも兄たり難く弟たり難し。」
「それもなんか違うと思いますけど。」
「まあ、こまけえことはいいんだよ。こうやって指折ってみるとな、日本駄右衛門、弁天小僧菊之助、忠信利平、赤星十三、南郷力丸。」
「まんま、白浪五人男じゃあーりませんか、チャーリー浜。」
「袴垂保輔、熊坂長範なんてのもいるし、鼠小僧次郎吉も捨てたもんじゃねえし。」
「ずいぶん時代があっちこっちしますね。」
「そん時にな、花道をつつつーと滑り出てきた奴がいてよ。」
「花道!」
「そいつが言うんだ。『元締めお待ちなせえ。』ってな。」
「元締め!」
「おめえは京唄子か。いちいち煩えな。」
「分かった。白井権八を呼び止めた幡随院長兵衛ですね。」
「おう、こっちのおめえは話が分かるな。ところがどっこいザァーンネンでした、河井坊茶のぴよぴよ大学。」
「誰だったんですか?」
「そいつが、『肝心なのを一人忘れてやぁいませんか。』と、きたもんだ。」
「森の石松だ。」
「いけそうな奴だと思ったのにがっかりさせやがる。なんで石松なんだよ。話の流れ的にありえねえだろ。」
「だってその科白は…。」
「人の話は最後まで聞けってんだよ、慌てるこ〇きは貰いが少ねえぞ。」
「閻魔様が伏字?」
「そりゃおめえ、ポリティカル・コレクトネスだあな。めったなこたぁ言えねえよ。」
「ああいう言葉狩りの奴らこそ、地獄送りだと思うんですけどねえ。」
「おめえ度胸あんなあ、気に入ったぜ。だけどよ、ここが地獄だから良いようなものの、そんな事娑婆で口走るんじゃねえぜ。ところでと、どこまで話したっけ。そうだ、そいつが『寺が舞台ならあっしにお任せを。』って、抜かしやがるんだ。で、俺が『ぶふい! そういうおめえは、忘れようとして思い出せねえ鳳啓介、じゃなかった。石川の五右衛門じゃねえか。こいつはドンピシャだ。』即決まりよ。」
「お頭、それで事の首尾は?」
「しーっ、鯉が高い…って違うだろうが。そりゃ、大成功さ。なんたって超A級のプロだからな。」
「ゴルゴ13みたいですね。」
「うん、奴も早くここへ来ねえかな。楽しみにしてるんだ。」
「やっぱりあいつは地獄ですかね。」
「あたりき、しゃりき、車引き。あんだけ人を殺めておいて地獄以外のどこに居場所があるってんだ。…待てよ。」
「なんです?」
「奴は金持ってるかんなあ。下手すりゃ善光寺まるごと買い込んじまうかもしれねえな。」
「そうそう、善光寺。五右衛門派遣の顛末はどうなりました?」
「それがな、情ねえことに…、俺としたことが、ああ畜生…。」
「ど、どうしちゃったんですか閻魔様?」
「あれを盗ったまでは良かったんだがな。そのまますんなり戻って来りゃあいいものを、野郎、そこで芝居っ気出しゃあがって、『まんまと偸みとったる血脈の印、やれありがてえかっちけねえ。』ってんで見得切って戴ちまったもんだから堪らねえやな。そのまますーっと極…、いや、アッチへ行っちまったのよ。」
「それはそれは、なんともはや、べけんやでげすな。」
「五右衛門、寺、舞台、こんだけキーワード揃ってて、あの展開が読めねえとは俺も焼きが回ったもんだとガックリきちまってよ。」
「でも、そもそもの話が花道から登場でしたよね。」
「おめえ、上役に嫌われるタイプだっただろ?」
そこへ、古株の鬼が数匹息せき切って駆けつけて参りました。
「親分、て、てえへんだ。」
「なにがどうした、だっふんだ。志村けん。」
「また毛唐組がうちのシマ荒してますぜ。」
「こんどこそ勘弁ならねえ。」
「喧嘩〔でいり〕仕度は出来てやす。」
閻魔様は、鬼達が口々に喚き立てるのを制しながら、徐に傍らの電話機から受話器を採り上げたのでございます。
「おう、東の地獄のもんだが、おめえんとこのサタンはいるかい? なに、出張中だと。おめえは誰だ? 代貸しのダンテだって? ああ、あの無駄に口の達者な野郎か。格下だがしょうがねえ、そんじゃ言っとくがな、おめえんとこの三下がうちのシマでちょろちょろしてやがるようだ。この前の約定違反だぜ、さっさと引き上げさせな。この件はおめえが挨拶に出向いてきたらチャラにしてやる。サタンまで来いとは言わねえ。それほどの事じゃねえしな。但し、仔細はきっちり伝えとけよ。分かったな? じゃ、切るぜ。」
「閻魔様、カッコイイ!」
「むふふ、それほどでもねえけどよ。」
「その電話は何ですか?」
「東と西の地獄を繋ぐホットラインだ。」
「こんな事しょっちゅうあるんですかね?」
「昔はそりゃあ酷いもんだった。だからこのホットラインを設置したんだ。つまらねえ小競り合いが、大事にならねえようにってな。」
「へー、魂消た、高下駄、日和下駄。」
「あっは! 地獄もこれで、ちったあ進歩してるんだぜ。」
「恐れ入谷の鬼子母神。約定っていうのはどんなものなんでしょう?」
「ぷふい! 言ってみりゃあ停戦協定だな。けどよ、あいつら腹の底じゃそんなもの守る気なんかありゃしねえよ。」
「どうして分かるんです?」
「こないだちょいと派手に揉めた時によ、中立地帯で停戦交渉してる時の話だ。奴らが権利がどうのこうのほざきやがるから、俺は言ってやったのよ。『おめえさんたち、ちっと了見違いをしてやしねえかい。土地々々の流儀ってもんがあるだろう。お互い地獄者の仁義は守ろうじゃねえか。』ってな。」
「ヒヤヒヤ」
「よっ、大統領っ。」
「馬鹿野郎、俺は大王だ、大統領じゃねえ。ま、そんなこたぁどうでも井伊家の赤備え。なっ、おめえたちもそう思うだろう? ところがだ、あん畜生どもの返答がいいや。なんて抜かしやがったと思う? 『グローバルスタンダード』だとよ。くそったれめ。」
「そいつを錦の御旗に、いずれは丸ごと呑み込もうという魂胆は丸見えですね。」
「だろ? もっとも協定約定なんてものは所詮そんなものさ。しかしだからこそってえか、そいつが有効なうちは守らなくちゃならねえ。破った時のペナルティを定めてるのはそのためなんだしよ。以上、地獄大学法学部国際法講義終り。ここ、試験に出るからな。」
「えー、試験があるんですか?」
「当たり前田のクラッカー、藤田まこと。お楽しみはこれからだ、和田誠。本場の受験地獄を、たっぶりと味わってみるこったな。呵々。」
鬼たちもどっと笑い声を上げたのでございます。
こうして今日も稚気に満ち、痴気に溢れた地獄の一日が終ろうとしているのでございましょう。
                                    
                                了


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