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 寸木支え難し大廈の倒るるを

                    郷 朔次郎
  本作は、徹頭徹尾仮想架空の物語であり、実際の人物・
  団体・国家等と一切関係のない事をお断りしておきます。
  なお、本作には現時点において、不適切と看做される
  表現が散見されますが、作者の意図を尊重してそのまま
  発表することと致します。――――――――――――
  と、作者自身が申しております。

#創作大賞2024 #オールカテゴリ部門 #ショートショート

プロローグ
 日本は戦争に負けた。正確に言うと戦争以前に勝負はついていた。
即ち、負けるべくして負けたという事になる。
以下に記すのは、被占領日本(Occupied Japan)に生起した諸事象の断片である。

〇酒場にて
 夜の新宿裏通り。通り雨も拭いきれなかった澱んだ空気の酒場で、
一人の中年男がブツブツと何事か呟いていた。
「好きで酒を飲んでるわけじゃねえや。この長い夜をどうすりゃいいんだ思案橋……。」
その途端、男の右手首に手錠が叩きつけられた。
「な、なんだよ。」
「オマエ、今、占領政策批判したアル。それ、許されないことアルヨ。」
中年男の隣のスツールに掛けていたのは、信難国対日占領総司令部警衛局の私服憲兵であった。彼らは日本全国至る所に紛れこんでいた。
なにしろ人材(?)には事欠かない。本国のアブレ者を十万人単位で送りこんできているのだから。
行く行くは二、三億人で日本を埋め尽くし、若い女を除いた他の者は皆、海に追い落としてしまおうという計略なのだ。
私服が中年男に言った。
「小声駄目アル。大声で話すヨロシ。他人の迷惑? 信難語の辞書にそんなのないアルヨ。」
私服は、中年男の左手に空いているワッパを嵌め、両手錠にして曳きたてながら、なおも親切(?)に彼らの流儀を説明していた。
「列作って並ぶ。温和しく順番待つ。ホント日本人パカネ。割りこみ上等ヨ。欲しいものは何でも力ずくで奪う、これ正義ネ。自分が正義だとどこまでも大声で言うだけ。恥? それも辞書にないアルヨ。力が足りなかったら、地べたに転がって泣き喚く。信難人四千年の知恵ヨ。」
出入り口まで来ると、私服は振り返り、酒場内を見渡して厳かな声でこう告げた。
「だからオマエタチ劣等日本人は、我々を見習って同じようにするヨロシ。」
中年男を急かしながら、乱暴にドアを閉めて私服憲兵は出て行った。
酒場はしばらく静まり返っていたが、やがて堪りかねたカウンター内のバーテンが、叫ぶように言うのだった。
「皆さん。静かにしていたら、また因縁、いやその、お咎めを受けますよ。さあ、賑やかに、賑やかに。」
有線の音量が増し、わざとらしく声を張って話し始める者がいる一方で、そそくさと店を出て行く者もいた。

〇軽団連本部にて
   (注)軽団連とは、軽佻浮薄団体連合会と陰口されている
    組織の略称である。心ある日本人は、目先の金のこと
    しか考えない考えられない、この売国亡国の組織を
    軽蔑していた。
 今しも、その軽団連会長が、御用テレビのインタビューを受けているところである。
「司令部の指導宜しきを得て、私どもの経済活動は順調に推移しております。労働力不足も移民、いや、失礼、これは単なる人口移動でしたな。とにかく問題は解消しつつあり、工業生産は軌道に乗っています。繰り返しますが、これも偏に御指導の賜物と、私ども一同感涙に咽んでおります。と共に、信難国発展の一翼を担うことを許されたことは、この上ない名誉と心得ておる次第です。司令部と信難国指導部が、更なる栄光に包まれんことを!」
テレビカメラに向かって満面の笑みを浮かべた会長は、まだ言い足りないと思ったのか更に言葉を付け加えた。
「私どもも満腔の熱意と賛意を以て、偉大なる長征の隊伍に続きたいと念じております。革命万歳!」
新聞その他のメディアの記者たちも、当然といった顔で録音しメモを取っている。
彼らの遣り方も精神も以前と、つまり侵略を受けて占領される前と、何ら変わりはなかった。彼らに精神というものがあればの話だが。

〇人民会堂にて
 嘗て国会議事堂と呼ばれた建物は、周囲に林立した毒々しい色の旗で悪趣味に飾り立てられていた。
議場では、司令部によって選別され選任された名ばかりの議員を前に、執政官が演説していた。
この執政官も、言うまでもなく司令部に担がれた軽くてパーの神輿であった。
戦争前から手懐けられ、嬉々として自ら走り使いを務めていた男である。
その名を、土呂山木偶夫(Doroyama Dekuo)という。
土呂山執政官は、自己陶酔の極みといった表情で、演説を続けた。
「私は何よりも平和を愛する男です。平和への思い、それは全国民の思いでもあります。その思いを全身で担い、その実現のために粉骨砕身奮励努力してまいりました。それが遂に成就したのです。奴隷の平和! なんと素晴らしいことではありませんか。私はこの隷属状態を維持永続すべく、これからも全力を尽くす所存であります。トラスト ミー。」
議場は万雷の拍手で揺れた。傍聴席で目を凝らしている監視要員に、気のない様子を見咎められたら、彼らの一存で直ちに収容所送りになるのだから当然だ。
こうして日本は終わったのである。


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