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面白かったけれど人に勧めていいのか迷う本3選

本稿では、読んで面白かったんだけどもいろいろな理由であまり万人にはオススメできない本を3つ紹介します。『ドグラ・マグラ』などのように難解な本なわけではないですし、映画の『セルビアン・フィルム』みたいな人倫にもとる内容というわけでもないです。それらよりはもっと軽い感じなんだけども人にはオススメしていいものか迷う、という程度のものです。読書好きの人にとってはぬるいラインナップじゃないかなと思います。

尾崎世界観『祐介』

クリープハイプの尾崎世界観氏による小説のデビュー作です。ミュージシャンが二足のわらじでちょろっと書いて儲けてやるぜみたいな舐めた作品では全くなくて、かなり本格的な文学作品だと思います。クリープハイプの曲の中で、「身も蓋もない水槽」みたいな曲が好きな人にはいいかもしれないですが、あの曲は2分くらいだからいいのであって、2時間くらいあの世界に浸れるかどうか?ってところです。半自伝的な小説という触れ込みでしたが、もしそうだとするとよくここからこんなBIGなアーティストになったな??と思うような内容です。それだけ重苦しい閉塞感に包まれています。

この作品を漢字1文字で表すと「嫌」です。登場人物が全員嫌です。陰鬱な感じの雰囲気がずーっと続きます。登場人物の誰に対しても同情できません。ですが、もがき苦しんでいる主人公や、嫌な登場人物たちの中のどこかに自分がいるような気がして、なんだか救われるような気持ちになれたりします。救いを求めて読む本ではまったくないのでおすすめし難いのですが、それでも面白かったことだけは確かでした。

ちなみに表題作以外に「字慰」という話があります。こっちの方はもうちょっとポップな感じなので、広くおすすめできるかなと思います。好き嫌いでいうとわたしはこっちの話の方がさらに好きでした。ただ、「字慰」を読むにあたっては表題作の祐介を読んでからの方がいいので、トータルではおすすめできるかは迷う感じです。

村田沙耶香『しろいろの街の、その骨の体温の』

『コンビニ人間』という本で芥川賞を受賞した作家の方の長編です。村田さんは奇抜な設定の短編を数多く書いている方なのですが、この本は気分が悪くなるほどリアルです。思春期女子特有の息苦しさと脱皮の様子を描いている本です。わたしは男性ですが、それでも思春期女子のコミュニティってこんな感じなんだろうな、とありありと想像ができました。妹の部屋から漏れ出る女友達たちの声が聞こえてくるような、そんな居心地の悪さが漂っています。それでいて、なんだか自分も体験したことがあるような気持ちになってきます。「子どものころに戻りたい〜」という人に「本当に?」と問いかけたくなるような話です。

この話の根幹にはスクールカースト的なものがあります。容姿に恵まれていない(という自意識のある)女子が主人公で、スクールカーストに囚われない溌剌とした男の子に出会うことから話が動き出す、というものです。中盤からは、人が死ぬ話じゃないのに、こんなむごいことがあるのかという展開が続きます。いじめのような描写もあるので人によってはトラウマをえぐられてしまいそうです。そんな状況で主人公がたどり着く境地は「人間的成長」という言葉で片付けるにはもったいないと思うような独自で美しいものです。

作中に未成年女子の性の目覚めが描写されている部分があります。性欲を喚起される世俗的な感じがなく、なんとも神秘的です。文字ではこんなこともできるんかと思わせてくれる作品です。

吉村萬壱『ヤイトスエッド』

「なんだこいつ」という言葉が心の底から何度も出てくる作品です。短編集なのですが、各話の主人公(とくに女性が多い)たちはそれぞれ特別なものを信仰しています。その様子はときに滑稽で、悲惨で、近寄りがたくて、まさに多様そのものです。女性たちは多様なんだけれども、登場する男性のほとんどは不思議なほど画一的で、ほぼ全員がセックスのことしか考えていないのが対照的で大変面白いです。

一番好きな話は「B39」という話です。田舎にある工場が舞台で、工場労働者と工女たちが出てきます。工場労働者である男たちは、お気に入りの工女を夜ホテルに連れ出してセックスすることだけが楽しみです。主人公の男はあるとき冴えない感じの女と寝るのですが、その女の女体がとんでもなく魅力的で、これを自分だけのものにしようとします。しかしそれはなかなかうまくいかず、どんな言葉も行動も空回りしてしまいます。最終的に男はある特異な手法を使ってその女を独占しようとする……という話です。

B39の話は、裏サイドも用意されており、工女目線の日記も収録されています。二つの目線があるからといって別に叙述トリック的な仕掛けがあるわけではありません。ですが、この女の目線があることによって、主人公の男の空虚さ、分かり合えなさが如実にあぶり出されていくのです。

全体を通してかなり気分の悪くなる描写もあるので、あまり万人にオススメはできないのですが、最悪なこの世界に、信仰を手に立ち向かっていく女性の姿が描かれていたりするので、勇気をもらえる側面はあるかもしれません。勇気をもらおうと思って読む本ではなさそうですが。

なお、表題作のヤイトスエッドという話は割とこの中ではポップな話なので、これだけなら結構おすすめできます。

おわりに

というわけで、紹介は以上になります。3つともどこか性的で、どこか気分の悪くなるものでした。気分の悪くなるものを避けていてはエンタメなんて味わえないと思うので、それを理由にオススメしないのも違うかもしれません。本稿はネタバレを回避するために全体的にかなり抽象的な感じになってしまいました。もし読んだよという方がいらっしゃれば感想とかお話しできるとうれしいなと思いますので気軽に声をかけてください。

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