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キンモクセイと同じ嫌われ方

キンモクセイの季節が来ました。わたしはキンモクセイの匂いが結構好きです。街中で遭遇するとほんの少しだけうれしい気持ちになります。一方で、キンモクセイの匂いが嫌いという人もいます。理由を聞くと「トイレの芳香剤の匂いがするから」というのです。

キンモクセイの匂いは、もともといい匂いであるからトイレの芳香剤に使われているのだと思います。もちろん、芳香剤にはキンモクセイの花の汁ではなく、化学的に合成して作られたものが使われていると思います。ですが、その化学的合成によってその匂いにたどり着いたのは、「キンモクセイの匂いは人間にとっていい匂いだ」という価値観が存在するからのはずです。その価値観が存在するが故に、トイレという真反対の概念と結びつけられてしまい、結果嫌われてしまうというのはなんとも悲しい話です。実際、キンモクセイの花の近くでおにぎりを食べたいかというと微妙だと答える人が多そうです。

これと同じようなことが、ITの現場でも起きています。とあるエンジニアは技術力がとても高く、あらゆるトラブルが起こる現場に派遣されて、火消し役として獅子奮迅の活躍をしていました。ある日そのエンジニアはお客さんから言われるのです。「お前がいるときにはいつも最悪のトラブルが起きるじゃないか!もう来ないでくれ!」

こうした迫害はお客さんの無知によるものなのでまだ笑い話にできる要素があるかもしれません。本筋とは少し逸れますが、さらにタチが悪いのは、こういう火消しがすごい人は、各地で火消しばかりやらされることで火消しのスキルばかりが身について、火消し以外のスキルが育たないということもあるようです。優秀で好かれるからこそ憂き目に遭ってしまう、これは構造上仕方ないとはいえ、なんともやりきれないことです。

同様のケースをもう一つ紹介します。「マスピ絵」と呼ばれるものです。これはかなり胸糞BADな概念なのですが、一言でいうと「AIにmasterpieceと指示して書かせた絵っぽい絵」ということです。AIにステキな絵を描かせるためのコツとして「プロンプトにmasterpieceと入れるといいよ」というものが流布し、それによってそういったイラストが世の中に氾濫し、「AIっぽいイラストといえばこんな感じのやつ」という共通概念が染み渡ってしまいました。そうすることによって、元々”masterpiece”と呼ばれる絵を描けるほどのすごい技術を持った人たちの絵が、それと全く別のものに結びつけられてしまい、価値が一気に下がってしまったのです。調べてはいませんが、「こいつの描く絵はAIじゃないか」という嫌疑をかけられている人もきっと少なくないのではないでしょうか。

これもまた、優秀だから、愛されているからこそ憂き目に遭ってしまうパターンの一つです。キンモクセイの事例に比べると随分と深刻だと思います。

これらの現象の一番しんどいところは、悪人が特にいないことです。もちろん、AIの学習元が違法な無断転載サイトであることは悪だと思いますのでこれは除きます。しかし、芳香剤を作った人も、炎上プロジェクトの火消しのアサインを考える人も、技術を高めてイラストに魂を込める人も、AIの技術を考えて高めていった人も、AIを利用して少しでもいい絵を描こうとする人も、全員それぞれ自分の目的に合わせて最適な行動を取った結果によってこの現象が起きているのです。そんな中で頑張った人が割りを食ってしまうのはなんともつらい話です。せめて「こういうことあるよね」という共通認識を多くの人が持って、キンモクセイの花の匂いが香り始める頃に、そうした存在に思いを馳せることが、彼(女)らへの救いになるのかもしれません。

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