すべての人妻はエロい

この世界には、絶対的な真実というものはほとんどありません。しかしながら、「すべての人妻はエロい」、この一文だけは、真実であると断言することができます。これは世の中を形作る絶対的な真理のうちの一つです。

ここで注意しなければならないのは、「すべての人妻はエロい」というのは、「すべての既婚女性はエロい」という意味ではないということです。また、「すべての人妻は性に奔放である」という意味でも断じてありません。「人妻がエロい」と言えるのは、「既婚女性をエロの文脈に放り込んだときにはじめて『人妻』という言葉が成立するから」なのです。対偶を取ると「エロくないならば人妻ではない(≒人妻とは言わない)」ということです。

真理について考える前に、「定義」について考えてみます。例として、ポストを考えます。「郵便物を投函する箱」のことを「ポスト」と呼びます。それは、ポストを、「郵便物を投函する箱のことである」と「定義」したからです。ここで、「すべてのポストは赤い」という命題が常に成立するか考えてみると、それは成立しません。ポストとは郵便物を投函する箱であればいいので、赤い必要はないわけです。事実、観光地などへ行くと、景観に配慮して自然的な色に塗られている郵便ポストが存在しています。ポストのことを「郵便物を投函する赤い箱」と定義した場合は、景観に配慮した色で塗られたポストはポストではなくなります。かくして、「すべてのポストは赤い」という命題が成り立つようになります。定義であると言い切ることができれば、「すべての人妻はエロい」と簡単にいうことができそうです。

ひるがえって、「人妻」の定義について考えてみます。辞書を引くと、「他人の妻」という意味が第一義に出てきます。「他妻」とも書くようです。すなわち、自分の妻のことを人妻ということはなく、自分以外の誰かと婚姻関係を結んでいる人のことを「人妻」と呼ぶということです。「他人の妻のうち、エロい女を指す」という定義があるわけではないので、先ほどのポストの例から考えると、漏れてしまうような気がします。誰かの妻であっても、エロくない人はたくさんいるからです。しかし、たとえ定義でなくても、成り立つことはあります。四辺の長さがすべて等しく内角がすべて直角の四角形のことを正方形と定義していますが、その定義に含まれていなくても、「正方形の向かい合う辺は平行である」ということが成り立つのです。ということで、「人妻とは他人の妻のことを指す」という定義から、演繹的にそれはエロいということを示すことができればいいということになります。

ここで大事になってくることは、「人妻」という言葉を使う目的です。「他人の妻」であるということを、意識/表明せざるを得ない場面とはどういうものか、ということです。ほとんどの場面において、「誰かの妻である」ということは何らの意味ももたらしません。人妻であることと、タピオカミルクティーを飲むことは関係ないですし、ダンスダンスレボリューションをすることも関係ないですし、小田急線に乗ることも人妻とは関係ありません。したがって、これらの行為をする主語となり得るのは、「人妻」ではなく、「〇〇さん」という固有の人間でしかありません。「人妻」であるということが「意味」を持つのは、誰かと不貞関係になったときのみであると思います。すべての人間に許されていないことを除くと、人妻という属性を持つ人間にだけ許されていないのは「不倫」です。したがって、「人妻」という言葉を使うとき、使っている人間の脳内には、何かしらの横恋慕の心が働いているのです。相手をエロい目で見ているときに限り、「人妻」という言葉を使うことになる、ということなのです。それゆえに、「すべての人妻はエロい」という言葉が真理(定理)となるのです。

もう一つ重要なのは、これがあくまで「見る側」の視点でのみ成り立つということです。この場合の「エロい」というのは、「人妻」と呼ばれた人に内在する性質としてのエロさではなく、見る側との関係性によって生み出されるエロさということです。他人の妻であるということによって生まれる背徳感、これがエロさを増幅させるのです。

これらのことは「女子高生」や「女子大生」では成り立ちません。これらの言葉は、あくまで所属を表しているだけの文脈での使用例が多いからです。他方、「未亡人」「団地妻」「女医」「女教師」などでは成り立ちます。エロの文脈でしか使われないことによって、言葉自体がエロくなってしまった、というものです。しかし、わたしはこれらの言葉の中では「人妻」がより優れていると思っています。より構造的に、エロさが存在していると言えるからです。

個人的に不思議に思っているのは、こういう言葉が女性にしかないことです。エロい文脈でしか使われない言葉として「男優」はありますが、「人妻」に比べるとちょっと趣が違います。男性にも、何か無条件でエロの文脈に引き摺り込むことができる言葉があればいいのに……と思ってやみません。