なぜ、パウエル議長は早期利下げ観測を許さないのか / ジャクソンホール会議
今週末のジャクソンホール会議を控え、米長期金利は4.36%と2007年来の高水準を付けた。
インフレ長期化懸念や米政府の国債増発による需給悪化、日銀のYCC柔軟化による日本への資金回帰、フィッチの米国債格下げなど、様々な要因によって米長期金利は上昇圧力を受けている状況だ。
どの要因が正しく、どの要因がどれだけ影響を与えているかを断定することは出来ないが、少なくともFRBパウエル議長はこの状況を好感しているだろう。
利下げ観測を打ち消したいパウエル議長
なぜならば、パウエル議長は早期の利下げ観測を可能な限り打ち消したいからだ。
7月のFOMC会合後の記者会見だけは少しハト派寄りな印象を残したものの、これまでに、昨年のジャクソンホール会議、議会証言、ECBフォーラムといった注目イベントでパウエル議長は市場の楽観的なムードを消すためにタカ派発言を繰り返してきた。
「インフレとの戦いは終わっていない」「必要であれば躊躇なく利上げする」といったフレーズはこの1年で何度も見てきた。
ヘッドラインのインフレ率が3.2%まで下がり物価上昇は減速傾向にある中でも、パウエル議長がこうした発言で市場を牽制するのは、早期の利下げが観測が強まると、急ピッチで進めてきた利上げの効果が弱まってしまうからだ。
早期利下げ観測と国債利回り
早期の利下げ観測が強まると、国債市場では短期債を中心に国債が買われる(価格は上昇、利回り=金利は低下)。
今後利下げが行われると市場が予測した場合、政策金利がピークと思われる今よりも、低い利率の短期債が発行されていくことになる。
そうすると、高金利時に発行された既発債の人気が高まり、既発債の価格が上昇し利回りは低下していく。
参考:ゼッタイに理解できる、半端なくわかりやすい「債券解説」
だから、利下げ観測が強まると国債利回り、市場の金利が低下するわけだ。
FRBは実質金利の水準をキープしたい
さらに、期待インフレ率が一定と仮定した場合、市場の金利が低下すると実質金利が下がることを意味する。
この実質金利がどのくらいの水準になっているかが重要だ。なぜならば、名目金利がいくら上昇しようとも期待インフレ率も同じペースで上昇していると、消費は平行線を辿り、いつになってもインフレが収まらないからだ。
これまでFRBが5%を越えるまで政策金利を引き上げてきたのは、実質金利を景気抑制に充分な水準にするためだった。
グラフを見てわかる通り、2023年3月のSVB破綻から金融不安、それに続く米債務問題が落ち着くまでの数ヶ月間を除けば概ね10年実質金利は1.6%前後で推移してきた。そして直近では2%に到達しようとしている。
パウエル議長は少なくともこの水準をインフレが完全に沈下したと確信が持てるまでキープしたいのだ。
政策金利、期待インフレ率、10年債の推移
実質金利は名目金利から期待インフレ率を引いたものであることは説明した。
名目金利はFRBが政策金利を引き上げているので昨年から上昇している。では、期待インフレ率はどうだろうか。
直近1年で上下動を繰り返しているが、概ね2.2%~2.4%のレンジ内に留まっている。10年の期待インフレ率なので予想はあてにならないが、ひとまず期待インフレ率はこのぐらいと想定されているわけだ。
FRBのインフレ目標が2%であることを考えると、やや高めではあるが悪くはないだろう。
そして、同じ期間の国債である米10年債の利回りはこのように推移している。
この記事を書いている直近1週間で長期金利が急伸したが、ここ1年は3.3%~4.2%の間で推移しており、利回りが低下していたのはSVB破綻から米債務問題が落ち着くまでの間となっている。
最後に、重要な実質金利は上のグラフから下のグラフを引いたもの、下記のグラフの通りだ。
また、思い出して欲しいのはこの間、米政策金利は約3%も引き上げられている。
上記の数字の推移を見ながら、現在の数字をまとめてみると、
・政策金利:5.25%(下限)
・期待インフレ率:2.35%
・10年債利回り:4.35%
・10年実質金利:2.0%
となっている。
ようやく達した、実質金利2%を下げるわけにはいかない
ここ1,2週間の長期金利上昇により初めて、今回の利上げサイクルにおいて10年実質金利が2%に到達した。
パウエル議長はこの水準を安易な発言で下げるわけにはいかない。
パウエル議長を含めFOMCメンバーのタカ派は常々、利上げ過多で引締め過ぎになってしまうよりも、利上げ不足によって後から利上げを再開するリスクの方を懸念していると語っている。
そのため、これまで進めてきたインフレ沈下のための金融引き締めが台無しになるような事態は絶対に避けたい。
経済指標がインフレ鈍化を示し、早期に利下げされると市場が予測して織り込み始めると短期金利が下がり、長期金利にも多少なりとも波及していく。金利が低下し、期待インフレ率も同じ速度で下がれば実質金利は保たれるが、期待インフレ率はここの所ほぼ横ばいであることは確認した通りだ。
となると、金融市場が先走って利下げを織り込み、金利低下に賭け始めてしまうと経済の実態に関わらず、実質金利がひとあし先に低下してしまう。
実質金利が低下すると、車の購入例で示したように消費が加速することになる。消費が加速し、需要が増えれば、インフレが完全に沈下仕切らない恐れがあるだけでなく、最悪の場合は第二派となり、さらなる利上げが必要になる可能性すらあるわけだ。
だからこそ、パウエル議長は市場が楽観的なムードに浸っている時ほど、講演で早期の利下げ観測を打ち消すためにタカ派姿勢を貫いて強調する他なかった。
反対に、市場の実質金利が上昇し過ぎて過熱していればハト派な発言に寄る可能性は無きにしもあらず。
直近で今サイクルで初めて付けた実質金利2%を満足な水準と捉えて、当たり障りない講演とするか否か、週末のジャクソンホール会議での講演は25日 23時5分から予定されている。
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