32歳のうつ病フリー編集者が8ヵ月ぶりに髪を切った話

昨日、8ヵ月ぶりに髪を切った。1年ほど前にうつ病になってからというもの、外出するのが億劫になってしまっていたのだ。もともと長めだった髪はさらに伸び、昔のキムタクばりのロン毛になっていた。「ここまで伸びたら、逆に切らないのもありですよね〜」なんて美容師さんが言ってきて、まあ確かにシャレオツなクリエイター業っぽい雰囲気かも!?!?!?と思ったが、さっぱりしたかったので予約通りにカットとパーマをお願いした。

不思議なもので、髪を切ると憑き物が落ちたように心が晴れた。で、楽しくなって、昨晩は酒を飲みすぎて盛大に酔っ払いました。わはは。今日はレキシの武道館チケットも当選したし、朝5時からバリバリ仕事できたし、なんだか人生明るいです。だって、うつになった当時は仕事が全然できなかったから。髪を切ろうと思えたり、朝からぶっ続けで大好きな仕事ができたりと、病気がよくなってきたのを実感できて本当にうれしい。

「典型的な、うつ病の抑うつ状態ですね」

ーーそう診断されたのは、昨年の5月だった。自覚症状はなかった。いや、あったのだけれど、ただの肩こりだと思っていた。湿布を貼れば治ると思っていたそれは何週間経っても続き、倦怠感は次第に全身へと広がっていった。釘で床に打ち付けられたかのように体が動かず、朝起きるのがつらくなっていった。仕事が忙しかったので体が疲れているだけだろうと思っていたが、事務所に着いてパソコンを起動してもぼーっとしてしまい、フォルダのひとつも開けない。夕方になって、焦りとともにようやく体が動き出し、終電まで作業をする。納期に間に合いそうもなく、土日も作業の時間にあてるので心も体も休まらない。

「土日もやれば、まだ巻き返せる」。そう思って自宅で机に向かっても、キーボードに指を置くだけで作業が進まない。体がつらいので横になると寝てしまい、気づけば夜。そんな状態が何度も続き、自分の異常を察したときにパニックを起こしてしまった。病院に行こうと思った瞬間だった。

過去の仕事では、一度も作業のスケジュールを遅らせたことがなかったからか、当時、書籍の仕事で一緒に仕事をしていた年上の編集者が、電話で心配そうに「どうしたの?」と聞いてきた。事情を話すと、「それ、うつなんじゃない?私も軽くやったことあってさ」という。「ねえ、本のスケジュールがこのあとどうなるかは考えないでいいからさ、休みなよ。休んだほうがいいよ」と言われた瞬間、夕焼けがぼやけて、にじんでいった。

念願だった猫の本の編集を途中で諦めることのくやしさ、人に迷惑を掛けることへの申し訳なさ・ふがいなさ、そして、どこかホッとした気持ちが入り混じっていた。

2週間ほど掛けて、書籍の仕事のほかにも、大掛かりなチームを組んでの広告制作の仕事はすべて引き継いだ。病院に行けたのは、それからさらに2週間経った頃だ。処方された薬を飲むと、体の倦怠感はウソのようにラクになった。薬すげー。

ここ数ヵ月で徐々に仕事を増やしているが、昨年の7月に100ページほどの冊子の仕事を終えてからは、スローペースで仕事をしてきた。昼間から酒を飲んだり、北海道へひとり旅に出たり、PS4を徹夜でやったり、ガンプラをつくったり、ザリガニがいないか近所の田んぼに探しに行ったりと社会人とは思えない生活だ。それまでの仕事まみれだった日々に比べたら、完全に堕落している。最初こそ自己嫌悪もあったが、堕ちないと生きられなかったのだ。仕方がない。

そうそう。いま、生きるのがつらい人は、坂口安吾の『堕落論』を読むといいと思う。「堕落論」が発表されたのは1946年で、終戦から約半年後のこと。少し抜粋します。

日本は負け、そして武士道は亡びたが、堕落という真実の母胎によって始めて人間が誕生したのだ。生きよ堕ちよ、その正当な手順の外に真に人間を救い得る便利な近道が有りうるだろうか。

(中略)

特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているのではないか。人間は変わりはしない。ただ人間へ戻ってきたのだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な近道はない。

(中略)

戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それ故愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。人間は結局処女を刺殺せずにはいられず、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくなるだろう。だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。

戦争の頃が正にそうだと思うんだけど、日本人は本当の気持ちを規則や大義名分の下に押し殺す国民性で。でも、従順でいるとか、聖人でいるとか、完璧でいるとか絶対に無理なので、堕ちることを受け入れて生きていけばいいと思いますまる。人間なんて、いつ死ぬかわからないし、「ああ楽しい」って瞬間が少しでも増えるといいよね、っていう。

自分を抑圧してつらくなっている人は、「嘘をつけ!嘘をつけ!嘘をつけ!」って自分に語りかけるとかどうでしょう。1年前、おれは自分を救いたいと思ったよ。

#うつ病

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フリーランスの編集者・ライターです。独立してから10年目。新聞・雑誌・書籍・広告・ウェブなど、「石川編集工務店」という屋号で、いろいろやっています。

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