AIR Studios Reverbが使いやすい理由
Spitfire Audioから突如リリースされたAIR Studios Reverbですが、なぜこんなに使いやすいのかを考えてみます。裏取りの無い憶測混じりの部分もあることを予めご了承下さい。
※本記事はPR記事ではなく、私が勝手に書いているものです。
音が良い
一説によるとインパルスレスポンス(以下IR)の収録が禁止されているというほど門外不出のLyndhurstホールの響きなので音が良いのは間違いないのですが、AIR Studios Reverbはそれ以上に技術的に音がリアルである理由があります。
そもそもIRによって理論上どんな情報、特性が再現できるかというと
音源の位置
音源の指向性
リスニングポイントの位置
測定マイクの特性
測定後のEQ処理
部屋のチューニング
を含む空間の響きです。なので、ただ響きの良い場所にいってIRを録れば誰でも良い音が録れるというものではないことが分かります。
これらの要素を適切にセッティングするためにはレコーディングエンジニアとしての知識、技術が必要不可欠です。
実際にレコーディングスタジオで録音する時のことを考えてみるとわかりやすいですが、椅子の並べ方やマイクの位置、マイクの種類を必ず吟味しますし、そこにエンジニアの技量や個性が強く現れますよね。
だからこそ、音が良いとされるAIR Studios Lyndhurstの響きを良い音のIRに収められる人間は非常に限られているのです。そして、Spitfire Audioはこの課題をクリアするプロデュースが出来る稀有なデベロッパーです。
音源の位置
AIR Studios Reverbでは音源の位置をステージ上で自由に動かすことができます。Decca Treeの真下から音を鳴らすこともできますし、チューバやフレンチホルンのシートあたりまで下がったところから音を鳴らすこともできます。
音源の指向性
全ての楽器は異なる指向性を持っていますが、普通にスピーカーやピストルでIRを測定するとIRで再現できる響きはその指向性で音が出された場合の音に限定されてしまいます。
AIR Studios Reverbでは、恐らく前後左右と上の5方向に対して音を鳴らしてIRを収録するという手間のかかることをやっています。やっていて欲しい。やってるんじゃないかな。やってなかったらすみません。Subというパラメータもあるので恐らくサブウーファーでもIRを録っている…のかも。
これらの5方向+低域のレスポンスのバランスを組み合わせることで、擬似的に楽器のもつ指向性を模倣した響きを生成することができます。フレンチホルンを響かせるのであれば音が後ろに飛んでいった時の響きを再現しなければなりませんが、AIR Studios Reverbならそれができます。
リスニングポイントの位置/測定マイクの特性
AIR Studios Reverbではリスニングポイントの位置はシネマティックな音楽を録る時のポジションに限定されています。つまり
Decca Tree
Wide (Outrigger)
Surround (Ambience)
Canopy
Gallery
といった、Spitfire Audioのライブラリでよく見かけるマイキングと同じようにマイクが立てられています。それぞれで使用されているマイクも、いわゆるフラットな特性の測定マイクではなく実際のオーケストラ録音で用いられるモデルではないかと思います。
これらのマイクのバランスは自由に変更することができるため、完全にドライなレコーディングをLyndhurstでオーケストラと共に録ったかのような音に加工できるのです。(厳密には違います)
測定後のEQ特性
実際にミックスを行う場合は録音後に多少のEQ補正を行うものですが、AIR Studios Reverbの中には5バンドのEQセクションがあり最適な響きが得られるようにプラグインの中だけで音作りを完結させることができます。
部屋のチューニング
実際のスコアリングステージでは必要に応じて吸音/拡散用の板やパーテションを立てたりして響きを調整しますし、Lyndhurstホールでは天蓋の高さまでも楽曲に応じて変えることができます。
AIR Studios Reverbではこの変化も再現することができるようになっています。天蓋(Canopy)は高さが3段階、材質が2種類選べるようになっていて、ギャラリーの吸音を行うか否かも選ぶことができます。
また、レコーディングする際のシートとマイクのレイアウトもパイプオルガンの正面に並べるのか背を向けて並べるのかの2種類を選ぶことができます。本当に細かいところまで設定できるとなるとそれはそれは労力がかかったであろうことは想像に難くありませんが、収録されたIRの数がおよそ67,000と聞くと案の定大変だったんだなと思い知らされます。
設定がわかりやすい
AIR Studios Reverbはこれだけ複雑なことをやっていながら、実際に触ってみると設定が直感的であることに驚かされます。
普通のリバーブと同じようにインサート、またはセンドでかけてOKですし、響きをデザインするのも普段Spitfireのライブラリの音作りをする要領でマイクのバランスを取れば概ねOKで、これはMIXERタブの中で完結できます。
ここまで説明したような細かいパラメータを弄りたい場合はMIXIER以外のタブに移ることになりますが、そこを自分でもやらなくてもいいように楽器ごとに細かくプリセットが用意されていて、それを選ぶだけで最適な音源のポジション、指向性、EQが設定されます。
また、一般的なIRリバーブと同じように初期反射とテールを分解したりそれぞれの音量や長さを調整したりプリディレイを設定することもできるので、音作りでストレスを感じることは本当に少ないんじゃないかと思います。
2024年5月24日現在Nuendo上ではステレオ出力しかできないようなのでご注意下さい。
実際に制作やミックスの中で私がどんな場面でどう使っているかはまた別の機会に。
AIR以上に柔軟な使い方が出来るリバーブにVSLのMIR Proがありますが、あまりにも柔軟なので人を選ぶだろうなと思うのと、MIR Proは鬼のように処理負荷を食うことを前提に作られているため凝った使い方をするのであれば、GPU Audioと組み合わせないと今日のCPUを持ってしても割に合わない重さになるんじゃないでしょうか。ただ、AIRもMIRのように楽器一つ一つに対して別のインスタンスを立ち上げていたらあっという間に苦しくなるとは思います。
まとめ
AIR Studios Reverbは音が良くて使い方が分かりやすいリバーブですが、その裏で本当に大変なプランニング、IR収録、実装があったんだろうなと思います。
Lyndhurstホールの響きが素晴らしいことは周知の事実ですが、Spitfire Audio以外のIRリバーブでもAIR Studio Reverbsと同じような解像度で収録してもらいたいと思ってしまう程度には他社のIRリバーブのハードルを上げるリバーブだなと思いました。
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