グランツーリスモの歴史に残る名勝負
去る2024年12月8日、F1のアブダビGPが終了した直後にオランダはアムステルダムにてGran Turismo(以下GT)の2024年の王者を決める公式大会の最終決戦が行われました。
GTの公式戦は車のメーカーごとにチームを組んで戦うManufacturers Cupと個人戦のNations Cupに分かれどちらも熱い戦いが繰り広げられるのですが、今年は特にNations Cupの最終決戦が極めてドラマチックな展開だったので感想を書き残しておきたいと思います。
F1で喩えると、コンストラクターズとは別にドライバーズチャンピオンをイコールコンディションで決めるようなものです。
※記事のヘッダ画像は東京ラウンドの画像ですが記事の内容はアムステルダムの最終ラウンドの話です
※普段からモータースポーツを見ていない人には全く意味の分からない記事ですが「ああ、すっごい楽しかったんだな」という感じで生暖かく察して下さい。
決戦の舞台はニュル北 + GPコース
最終決戦はニュルブルクリンクの北コースとGPコースを合わせたコース7周で実施されました。
実車レースを見る人向けの説明をすると
タイヤコンパウンドはHard、Medium、Softをそれぞれ1回ずつ履く
GTはレース中にコースにラバーが乗ることはなくデグの変化も無い
ピットストップロスは22秒 + タイヤ交換 + 給油
1周あたり約25%燃料を使うのでいずれのピットストップでも給油は必須
タイヤとピットストラテジーはドライバーに委ねられる
天候変化は今回のレースでは無し(ただし暗くはなる)
というのが大体の条件です。
結論を先に言うと、2020年の年間王者の宮園拓真選手が勝利を収め2024年の年間王者に輝いたのですが、宮園選手のストラテジーが完璧にハマっていたのでそれを中心に振り返っていきます。
第一スティント: Mediumタイヤ + 省エネ
最終レース開始前の時点で2024シーズントップのスペインのSerrano選手(2023年王者)と宮園選手のポイント差は6点で、宮園選手のチャンピオン条件は「Serrano選手よりも2台以上前でゴールすること」でした。
予選スプリントの結果ポールがSerrano選手、宮園選手は3番グリッドにつけておりそれぞれタイヤはSoftとMediumを選択。Serrano選手はクリーンエアで可能な限り後続を引き離す戦略、宮園選手は後半の燃料が軽い状態でソフトタイヤを投入する戦略です。
実際のレースもこの戦略通りSerrano選手の独走で始まり、宮園選手は4位でレースが進んでいきます。2~4位の3台はいずれもMediumタイヤでしたが4位についたことで宮園選手はかなりの燃料の節約に成功します。恐らくドッティンガーで燃料マップを操作して前を抜いてしまわないよう調整していたのではないかと思われます。
一方Serrano選手はSoftタイヤが2周しかもたず先にピットインした結果、アウトラップでトラフィックに引っかかり接触し1秒ペナルティを受けてしまいます。GTのペナルティは強制的なブレーキングという形で執行されますが、ニュルではなんとドッティンガーの入口で執行されるため実際には1秒どころではない甚大なダメージを受けます。
第二スティント: Hardタイヤ + ブロッキング
第一スティントで大幅に燃料のアドバンテージを得た宮園選手は2位、3位の選手と同時に3周を終えたところでピットインします。この時のタイヤ選択が肝でした。
前の2台がSoftを選択したのに対し宮園選手はHardを選択します。給油が短くて済む分他の2台より約2秒早くピットアウトした宮園選手は、トラックポジションの優位性をGPコースの間死守することで後続の2台のタイヤを痛めつけます。
北コースに入ってしまえば道幅が非常に狭くそう簡単にオーバーテイクできないため、GPコースの間抑え込むことが非常に重要でした。
実際には直線が増えてくるFlugplatzよりも手前でグリップの差で抜かれてしまうのですが、そこまでに得たアドバンテージが最終スティントに効いたのは間違いありません。
一方Serrano選手はまたしても1秒ペナルティを受けてしまいます。(恐らくGPコースのシケインのトラックリミット違反?)これにより、Softタイヤに交換した事実上の2位3位のDrumont選手(おそらくオンラインタイムアタックで世界最速)とDe Bruin選手(地元オランダの選手)に5周目の中盤で追いつかれます。
Drumont選手はドッティンガーでSerrano選手を抜けることが分かっているので無理をせず中盤の直線区間で燃料を節約し、ドッティンガーでDe Bruin選手と共にSerrano選手を抜き去りトップに躍り出ます。
最終スティント: Softタイヤ + 限界アタック
5周目の終わりでDrumont選手、De Bruin選手、Serrano選手が一斉に二度目のピットインを行いますが、この3台で最後尾につけていたDe Bruin選手は大幅な燃費のアドバンテージを持っていたため3秒以上先にピットアウトします。この3台の最終スティントはいずれもHardタイヤでした。
これに対し宮園選手は同じく5周目終わりでピットインしSoftタイヤを履いておよそ9秒差でピットアウト。Softタイヤのおいしいところは1周で大体使い切ってしまうため、ドッティンガーまでに前の3台のスリップ圏内に入れるかが勝負を分けることになるのですが、ここからの宮園選手が鬼神の如き猛追でした。
緑の悪魔と言われるニュル北を300km/hを超える血も凍るような速度で猛追し、6周目のドッティンガーまでに前方のSerrano選手まで1.1秒差というギリギリスリップ圏内までたどり着きます。
実はこの時宮園選手にとって最も恐ろしい存在は宮園選手の約2秒後方に迫っている同じくSoftタイヤのGallo選手(2021年王者)でした。この時点での順位を整理するとDe Bruin、Drumont、Serrano、宮園、Galloで、宮園選手にとって最も望ましい展開は
ファイナルラップのGPコース内で前の2台をオーバーテイク
Gallo選手はGPコース内で前に出られないまま北コースに入る
Serrano選手が北コース内でGallo選手をブロックし続ける
Drumont選手がSerrano選手をアシストし続ける
だったのではないかと思います。この展開になればDe Bruin、宮園、Drumont、Serrano、Galloの順でフィニッシュするため宮園選手は最悪De Bruin選手を抜かずともポイント差と最終レースの順位差でチャンピオンが確定します。
そしてこの展開は現実のものとなりました。宮園選手は見事にファイナルラップのGPコース最後のシケインでDrumont選手をオーバーテイクした一方、Gallo選手は完全にSerrano選手に引っかかったまま北コースに突入します。
Gallo選手はタイヤ差を活かし幾度となく北コースでSerrano選手に襲いかかりますがそれをSerrano選手がことごとく巧みに鬼ブロッキングし、Drumont選手もSerrano選手に直線区間でトウを与えてアシストし続けます。
北コースに入った時点で1位De Bruin選手と2位宮園選手の差は約4秒。流石にSoftタイヤ2周目となるとタイヤアドバンテージも減り猛追というわけにはいきませんでしたが、それでもドッティンガーの入口で0.2秒差にまで詰め寄り完全に射程圏内に捉えます。
勢いそのままにDe Bruin選手を抜き去り宮園選手がトップに躍り出たところでDe Bruin選手を悲劇が襲います。最終スティントを単独走行で逃げていたこともありなんとドッティンガーの終わりで燃料が底をついてしまいます。
最終ラップのドッティンガーの終わりはGTではクラッシュが頻発する危険なセクションで、そこに一台燃料切れの遅い車があるとなれば大混乱は必至です。
De Bruin選手の後ろの順位はDrumont、Serrano、Galloの順でしたが、もしこの混乱の中でSerrano選手が2位に浮上してフィニッシュすると宮園選手の年間チャンピオンは無くなります。
そして実際に大クラッシュは起きました。
弾き飛ばされたのはGallo選手とSerrano選手でした。もしここで弾き飛ばされたのがDe Bruin選手とDrumont選手であれば年間チャンピオンはSerrano選手になっていたと考えると、本当に最後の最後まで、宮園選手が1位でゴールした後まで分からないレース、年間シリーズだったなと思います。
Serrano選手のペナルティがもし無かったら、Drumont選手とDe Bruin選手がもし第二スティントでHardを選択していたら、宮園選手がもし第一スティントで2位に出ていたら、様々な「もしも」が重なっての優勝だったと思いますが、それを手繰り寄せたのは宮園選手の独創的な戦略とドライビング技術だったと思います。
レース後インタビューで宮園選手も「2020年のシドニーラウンドより緊張した」と語っていましたが、それぐらい最後の最後まで分からない、集中力を要するレースだったと思います。シドニーの伝説的なファイナルラップバトルの動画も貼っておきます。
宮園選手は今後実車のレースに集中されるということでGTの公式戦へのフル参戦は難しいかもという話もありますが、日本には他にも速いドライバーが沢山います。
今回でいえば佐々木拓眞選手が年間6位に入っていますし、今後も日本の選手はとても強いと思います。佐々木選手はオランダから帰国してすぐに配信でニュル北をRedbull X2019で走る等、本当に強いドライバーはこういう人なんだなと思います。
結論: シミュレーシングだって面白い
ここまで読んで下さった方は、GTを観戦する時の楽しみ方が実車のモータースポーツと大差ないことを感じて頂けたのではないかと思います。
もちろん、細かい路面コンディションの変化が表現できていなかったりピットストップのスピードが必ず同条件だったり、クラッシュしても怪我しないからこそラフになりがちなバトルだったりと実車との違いはありますが、それでも観る価値のあるeスポーツだと感じています。来年ももし東京ラウンドがあれば観に行きたいです。