法連木

医者に苦情をぶちまけた話

 タイトルの通りである。いろいろな修辞をせずに、ずばりそのまま書くのが私の心境そのものだろう。医者の治療に不信感をいだき、終わったはずの治療のその後に納得できず、毎日、歯茎の痛みに耐えながら、どうしたものかと悶々としながら何もしないでいる自分が哀れで、「このまま泣き寝入りするのか?」と自問しながら半年が経った。

 「泣き寝入り」は、嫌な事である。この言葉の裏側の心境は、恨み辛みの混濁した嫌いな自分の姿である。人は、このような心境を抱えている時は、碌でもないことを考えるものだと思う。「優しく、穏やかに接するいい感じの先生」だったはずの医師が、「とんでもない食わせ者」になってしまうのだ。また、出どころが「泣き寝入り」だと、立派に噂話にもなる。これは厄介なもので、まともに本人の耳には入らない、ひそひそ話でとどまるため、嫌な空気を醸し出し、それをいたずらに本人に感じさせるだけで、それが何かを伝えないのがルールなのだ。他言すべきででないからひそひそ話のレベルで終わる。そして、「人の噂も75日」と言うではないか。サーッと話に上がって、いつの間に消えてしまう。そういう無駄を生み出すのも、泣き寝入りする自分に向き合っていないからだと言える。泣き寝入りなどせずに、自分の願いを相手に伝えるべきなのだ。

 そんな批判を人には言う自分が、自分の事となったらかなり勇気のいることだとわかる。そこで自己否定も始まり、自虐ネタでも作って忘れてしまおうかなどと逃げ道を探す始末だ。なんて弱い自分なんだ、お前は💢と、自問自答を繰り返せば繰り返すほど、逃げ道のないことを思い知る。苦情を相手に言うというというのは、普段、人に嫌な思いをさせないように配慮する、必ず、真っ先に引っ込めるべき自我であり、我執のいたりである。と、いつの間にか諌め方も身につき、いい大人になってしまうのだな。おそらく、このような苦情を医者に対して持つようなことは、私の一生では初めてで最後のことになるのだろう。二度と経験しないのではないかと思えてきた。

 苦情を苦情のまま相手にぶちまけるのではあまりに大人げない。喧嘩をふっかけることだからだ。だから人は恐れる。喧嘩がしたいわけではないけど、喧嘩を恐れて苦情が解消できないため、恨み辛みとなっても泣き寝入りするのが普通に人が採る行動なんだろう。でも、このもやもやした心境を抱えて日々、暮らすのは本当にしんどい。ましてや、歯痛を伴っている。そして、この歯の治療は他の歯医者でもできるが、苦情は消えない。

 そして、相手の医者が若いがゆえに、彼が私に行った治療姿勢でご老人の患者さんをいいように金蔓のように扱うのかと思うと、悔しさまで滲んでくる。そうなんだよ。老いぼれた歯科医なら、おそらくこの怒りに似た感情は持たないだろう。なぜか?期待を持たないからだ。

 「期待」?そうだ。私は、若い歯科医に期待をかけているのだ。だから裏切り行為認定してしてしまったのか。

 だんだん、自分の心が見えてきた。

 諏訪の中心部の、医者が開業するならベストだろうと思われるロケーションに、素敵な、ちょっと可愛い診療施設で、誰からも慕われるんじゃないかと思うような建物でもある。内部は、老いぼれた歯科医にはない最新機器を整え、プライバシーが確保された治療台で、どの部屋に呼ばれても気分の良い応対をしてくれる。腕が良ければいつでも行きたくなるような歯科なのだ。そして、30歳代のかなり若い歯科医なので、これからの諏訪の歯科医界を牽引していくのだろう。そんな医師なのにだ。神経を抜いた跡の歯茎の激痛を電話で連絡すると、薬を処方するだけで、診療はしなかった。9日間もの長い日数に対する抗生物質と痛み止めの処方だった。初めて歯の神経を抜くという治療をした私がこの応対から解釈したのは、神経を抜くという処置は、このような痛みが伴い、化膿などしないよう抗生物質を飲みながら、痛みに耐えいるということなのだな。そう、善意に解釈したのだった。また、医者の処方に従って様子を見るしかないのだとも諌めた。

 薬を飲み終わっても痛みは繰り返しやってくるため、またもや電話をすると、同じ薬の処方をするという。痛み止めがあまり効かないようなので、薬を変えてほしいと願うと、他の薬は院外処方になるという。ああ、もっと面倒くさい事になりそうだと諦めて、同じ薬をもらって帰宅した。総計、20日近く薬を飲み続けても痛みは止まらない。が、診療の予約日が近づいてきたため、その日まで我慢していた。

 予約日、待ちに待った「型」を歯にかぶせる日がやってきた。だが、歯茎の痛みの原因はわからず、薬を飲み続けてこの日まで持ちこたえたが、果たして、このままの状態で歯型をかぶせてしまうのだろうかという疑問があり、医師に聞くと、「どうしますか?」と、逆に私に決めろと迫られた。とっさに「それって私が決めることですか?痛みの原因がわからないまま、歯を覆って良いものかどうか、私が決めることですか?」と聞くと、医師は無言だった。医師が席から離れた隙に歯科衛生士さんに同じ質問をすると「痛いと、後で外して治療するからじゃないですか?」つまり、外して治療できるなら、今日のところはかぶせてもらって、どうしてもなら出直せばよいのだな。というのが私の答えだった。そしてもう一つには、かぶせる歯型を作るのに、20日以上も待っている間、反対側の歯しか使えず、それが少しストレスになっていたため、「早く、かぶせて~」という悲痛な思いがあったためだ。

 楽になるはずの治療が苦痛となり、医者への不満が不信に繋がり、手抜き治療の上、苦情となった経緯がこれだった。

 このままぶつけるつもりなら、訴訟を起こして、医師と直に話し合うのを避けたほうが良さそうだとは思ったが、私がしたいことはそれではないなとすぐに直感した。先にも書いたように、彼には私なりに期待を寄せているからだ。そこをチャンスに、彼に寄り添えないか?との考えから、思い切って面接のアポを取った。受付嬢を介してだったので気が楽だった。ところが、その直後、医師から直接電話がかかってきた。若い人に有りげな態度だと思った。何の話かが気になって、それが聞きたいというだけなのだろうけど、直接会って話したいと、電話での話は断ったのだが、何かと忙しく、できれば今なら電話で時間があるという。それならばと、深呼吸をして、さっと話の持って行き方をおさらいした。

 医師の都合だったので、話は端的にすべきと前置きした上で「内容は先生へのお願いなんです。率直にそこから話しますと、謝罪と、できれば治療費を返却してほしいのです」と、話し始めた。そこで、医師は聞く耳を持たなくなったのだろう。もうぶっ壊れた。話も糞もなくなった。(だから電話じゃ嫌だと言ったのに。)相手の顔を見ながらなら、言葉使いを変えたり、言い回しを臨機応変に変えられると思ったからだが、逆に言うと、電話なら率直言えるというもの。どちらが良かろうが、もう始まってしまった。

 怒り狂って、電話の向こうの顔は真っ赤になって怒っているだろうことが、息遣いから感じ取れた。揚げ足取りでいちゃもんをつけ始めた。売り言葉に買い言葉では電話の趣旨が違う、喧嘩をふっかけたくて先生にあえてこんな思い切ったことをしているのではないと、宥めながら、将来のある医者だからこそ聞いてほしいとお願いした。

 やっと落ち着いて話を聞ける状態になって始めて、治療の経緯を私なりにどう受け止めたかと、その時に、先生が何を判断して処方したのか、治療しなかったのか、そこには問題はなかったのかなど、電話の向こうの先生にやっと話ができた。そして、話し終わると、「最初、カッとなって色々言ってしまったことはお詫びします。お話を聞いていて、医者として、初歩のことを思い出しました。自分にも反省点があることがわかりました。」と、言われた。

 私の目的は、この医師の言葉で達成できたのだと思った。「先生が「反省」と言う言葉を二度言われたことで、私のお話の目的は終わりましたので、これで結構です。治療費の返還請求もしません。」と話すと、呆気にとられた様子で、「え、いいんですか?」と念押しされたが、「将来のある先生で、お若いし、言われた反省の中身を今後に生かしてくださればそれで結構です。」と言った。医者は「もう僕のとこには来てもらえないでしょうけど、だから最後に言わせてください。本当に申し訳ありませんでした。治療費はお返ししたいところですが、お気持ちはよくわかりましたので、これからに活かして参ります」と。

 いやー美談だな。こんなに綺麗に終わっちゃっていいんだろうか?

 あんなにもんもんしていた気持ちをそのまま言うなんて、これっぽっちもできなかったというのに、私の気分は久しぶりの爽快感だ。「怒りの気持ちに向き合うべきだ」とか、他人にはスパッと言えたことが、我が事となると、こうもややこしいのかと落胆もした。

 治療費の件で、返してほしいという要望は、チョッピあるのだが、これを返してもらっちゃうと、あの先生の中で、この件が終わっちゃう。そう思うと、お金の重さをしばらく感じていてほしかったのだった。私からの処分と思わなくても良いけど、そうなのだ。処刑だよ。治療費をもらっても、患者の一人を失った代償だわな。

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