政府の「骨太方針」を保健所の規制緩和に見た件

 昨日は、私のパン屋創業一年目の保健所の「衛生監査指導」があった。保健所職員(「先生」と呼ばれている)に付き添うように、所属の菓子製造業組合の役員が一名と保健所の委託指導員(菓子製造業組合の幹部)のお二人が一緒に見えた。営業を開始して一年坊主の当店の衛生管理を監査し、指導するという趣旨だが、組合の皆様は緊張気味に感じられた。監査で何か悪い点を指摘されたからと言って営業に即、影響するような強制力は持たないのに、なんか、昔の学校の忘れ物検査のような感覚で、ピリピリしている。それもわかるけど、「お役人」はお目付け役なので、お役人に管理されているという感覚が染み付いているお年寄りばかりの組合の風景だろうか。

 さて、清潔感の漂う当店を自負しているし、衛生管理に関してはまったく問題なかった。楽屋裏は表から丸見えなので、そのまま見てもらった次第。今日、ここで書き留めておきたいのは、別問題だ。

 保健所職員が唐突に私に質問をした。「こちらのお店はどこにパンを売られているんですか?」だった。確かに、普通のパン屋さんとは見た目も違う。まず、パンが店に並んでいないし、どこにパンがあるのか?どうやって店の中に入るのか?がかなり疑問になると思う。普通のパン屋は、店の入り口がはっきりあって、そこに入るとパンの香りとともに、焼きたてのパンがずらっと並んでいるもの。トレーを手にとって好きなパンをピックアップし、レジにゴー。この固定的な観念を持つ人は、まず、うちの店の入り口を探し、ないとなるとパンを探し、ないとなると何屋さん?みたいなところで思考停止となる。だからだと思うが、保健所の職員は続けて「卸、専門ですか?」と聞く。ここで少し経営方針を伝え、どんな営業をしているか説明した。これは自己紹介のようなものだったが、この営業形態にしたそもそもの理由が「地方創生」へのチャレンジだということを付け加えたことが今回の訪問が格別に実りあるものになったと、結果的に思ったのだが、その真相を以下に記しておこうと思う。

 田舎のパン屋から見た「地方創生」の今後はかなり厳しいという話は以前、ここで書いた(参照)。その文脈で保健所職員に手短に話したのだったが、彼からは、「今年、政府から営業への緩和をするように要請が来ています。」と、切り出された。私は、なんという良いタイミングだろうと、安倍さんの言う「改革」という言葉が最も自分に接近した瞬間だった。嬉しかった。で、彼に「この店をざっと見て、その「緩和」を当てはめると何が加えてできるようになります?」と、質問した。すぐに返事が返ってこなかった。間髪入れずに私は「サンドイッチを提供するには、営業許可のハードルがぐっと高くなると、指導を受けて許認可申請で断念したのですが、例えば、この店の現設備でサンドイッチが作れるか、どう思います?」と聞くと、「生の肉や魚から料理しないのであれば、限定的な材料でできるかもしれない」と言った。彼は「早速、所に戻ったら相談して見ます。」と、かなり前向きに検討してくれるという確約でもするような表情を浮かべた。付き添いの二氏は、「ああ、それは非常に助かる。そこが緩和されたら小さなお店でも増設しないで販売が可能になるのはいいことだ。」と、私を含めて4名が手締めのような空気を共有したのだった。

 さて、夕刻、早速電話で相談結果を知らせてきた。結論から言うと却下されたのだが、その理由を聞いて腐った。めちゃくちゃ腐った。

 政府からは「廃業する店がこのところ増えているため、許認可条件を緩和するよう、要請が来ている。」と、言った彼からは「サンドイッチを作って売るのは長野県では「惣菜」にあたり、パンの製造とは違う。よって、惣菜を提供するに相応しく、三層シンク、熱源設備、手洗いなどの設備が必須になっているので、緩和する余地が無いんですよ。」という説明だった。つまり「惣菜」というカテゴリーを菓子製造(パン製造)が相容れない。設備的にはパンを焼くオーブンがないような設備、飲食店とほとんど同じ設備ということになる。げっ。(この硬さに吐き気がした。)

 当店の設備は、手洗いがあり、三層シンクもある。換気扇だってあるし作業台も清潔だ。ここで卵を茹でて(IH調理器で)刻んでマヨネーズと和え、手持ちのスライサーでスライスした当店のパンをスライスして具材を挟むだけというのがどうして衛生上却下されるのか、まったく理解できない。所員は、店の設備をみて、それくらいのことなら限定的に可能だと評価したのに。だ。

 いや、紙面では、「惣菜」の規定に「サンドイッチルーム」が入っていることが動かし難い事実というだけの話だろうと思う。(誰が何の要件で入れたんだ!)政府がいくら「緩和」を要請しても、地方の保健所で認可できないのは、「サンドイッチルーム」の規定を「惣菜」から削除できないのがその理由だということではないか。

 これに腐った私は所員に食い下がった「この結果が不服なので、これを正式に審議してもらうためにはどこに提案したら良いですか?」と聞くと、「県です。」と。「内部(地方の保健所)から上に(県)上げてもほとんど却下されるだけなので、市民から声にしてもらうか、議題として取り上げるよう直談判してもらうほうが早いです。」と、教えてくれた。

 久しぶりに萌えたわけではないけど、この先までモウイッチョやったるかと思っている。それにはもう一つ、その原動力っぽいものが彼の話からある。

 昨日のこの定期監査には、古参の老舗パン屋もあった。創業160年という立派なお店だ。私の息子の同級生の家業でもある。そこは株式会社として大きく営業しているが、保健所の所員は今日、そこの社長との話をちょろっと漏らした。「今日伺った創業160年のお店でも言ってましたが、もう経営が厳しくてやって行かれなくなりそうらしいんです。」と。この店の店主は、私の個人的な友人でもあり、昨年だったか、こんな話を聞いたことがある。「客足がどんどん減って、作ったものは売れ残り、半値以下で閉店間際に売りさばこうとすると、それだけを目当てに同じような人がざっと買っていく。そんな営業がずっと続いていて、もうやって行かれない。」だから、うちのようなお店が「今の設備でサンドイッチの提供ができるようになるのは、地域のニーズに少しでも応える事になるのはわかるんです。」とも話していた。

 涙が溢れるような話じゃないか。大きなお店がどんどん姿を消していくのは寂しいが、私ごときでも少しでも役立つならという望みが見えた。

 力をもらった気になって、ダメ元で県に審議提案してみようかと思った。

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