リスクを負うこと

 娘の離婚がなかったら、きっと知り得なかっただろう世の中のことに多少、触れることができた。そして、考えさせられることも多かった。

 私よりも5~6歳年上の離婚夫婦がいる。この二人も不思議な関係だと思う。15年ほど前、旦那さんが保証人になっていた他人の借金が焦げ付き、マンションから何から、一切合切の財産が没収されて破産した。破産する前に慌てて離婚した理由は言うまでもない、誰もがやっていることだが、それをきっかけにというか、それを良い口実に、離婚成立!やったー、万歳!という女性も多い。奥様もご多分に漏れずその類だった。

 彼女が、歳をとった両親の住む実家に戻っていたのは僅かな間で、息子さんの名義でローンを組み、新築の家に住むようになったのは10年ほど前だった。その息子さんは、3年ほど前、鬱病が原因で投身自殺を図り、未だに遺体が発見されないままだ。この流れで察しがつくと思うが、離婚した奥様は正規雇用ではなく、非正規でアルバイトを幾つか掛け持って生計を立てている。が、それは表向きで、実は、生活保護を受けながら息子さんの組んだローンを返済しながら、他人名義の車に乗ってバイトで食いつないでいるというのが生計の中身。その家に、離婚した元夫が転がり込んで同居している。彼は最近、この状態では自分自身が生活保護を受けられないといって、市営住宅を申し込み、そこに住むという体裁を作って受給している。そして、非正規雇用で二つほど配達などのアルバイトをしながら、結構、良い暮らしをしている。

 こういうのを誤魔化しとか、不正受給というのだろう。でも、生活保護を受給するためとも言えるが、年齢的に正規雇用などは皆無でもある。働く意欲はあっても正規雇用の働き口などあるわけがない。つまり、この暮らし方は止められない。

 娘の話に戻すと、離婚当初、どうやって生計を立てるかは大きな問題だった。三歳と二歳児を保育園に預かってもらったとしても、夕方まで仕事をして子どもと帰宅後、食事をさせてお風呂に入れて寝かすという一連の作業は、手伝いなしでは続きそうもない。延長保育ではなく、通常保育でパートで働ければ、母子家庭手当てか生活保護による受給者としてなんとか暮らしていかれそうでもあった。ところが、パートでできる仕事は限られている。清掃会社やコンビニくらいしか思いつかない。仮にそういった仕事に就いたとしても、それだけでは将来設計ができない。その日暮らしができたとして、前段の奥様のように、ホテルの清掃や中居さんなどのアルバイトを生業とすることに踏み出して、本当にそれでよいのか?その疑問を娘に投げてみた。

 はじめは、いずれキャリヤを見つけて取り組むという話だったが、そこになぜ、娘の美容師というキャリヤを活かそうとしないのか、その理由を聞いた。出てきた答えは「リスクの高い仕事だからもう嫌だ」だった。リスクねえ。仕事にはなんだってリスクは付きもので、私のように食べ物を扱う仕事もかなりリスクは高い。このリスクをできるだけ低くするには、食品を扱うルールに沿って、慎重に作業をするということに尽きる。それが「仕事」であり、プロに要求されるのは、安心安全な食べ物を提供して喜んでもらうことだろう。美容師なら、器具を衛生に保ち、お客さんの要望に答えられるような技術を身につけて満足してもらうことじゃないか?それが嫌だからと言って、では、アルバイトならリスクがないという考え方を持っているなら、私ならそういう従業員は雇わないとはっきり言った。

 中途半端な考えで社会で仕事がきると思っている人が多いから、いろいろな事故が多発しているのではないか?このところ世間を賑わしている不正や隠蔽、無責任な事故対応などがその良い例ではないだろうか。リスクを背負わないということは、きちんとした仕事をしないということだろう。「無責任」ともいわれている。「アルバイト」を低く見ているのではなく、アルバイトであろうが正規雇用であろうが、携わる仕事で発生するリスクを負わない雇用者には仕事は任せられない、という雇う側の管理責任にもつながる。つまり、仕事の対価として給料を支払うその額も、背負うリスクによって決まるというものだろう。管理者は、だから高給取りということになる。今の世の中、これがおかしくなっている。管理者はろくな管理もせずに不正をやらかして隠蔽し、それでも給料返上どころか、開き直ってしまう始末だ。最近では例の、横浜のビル傾斜問題がそうだ。

 このような話を娘としながら、離婚後に自立する、というテーマがかなり鮮明になったようだった。結局、新たな気持で美容師に復帰することになった。離婚の話が出る前から娘に声をかけてくれていたヘアーサロンのオーナーがいて、彼の下でしばらく復帰し、彼の出資でお店を立ち上げる構想がスタートしている。

 そこで私は、家事がフル回転状態になるだろう。加えて、保育園のお休みの日は、孫育て保婆となって終日、孫の面倒を見ることになる。娘にリスクの話をした手前、孫達の面倒を見るリスクはナンボ?なんて言えないしなあ。孫達の日常で手がかかるのはあと、二、三年くらいだろうか。一人ではできないことがせめてできるようになるまでが大仕事なのだが、早くそうなるためにも、できるだけ手伝わないように、なにか作戦を考えないといけない。

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