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野外展示って良い

野外展示って良い。
そう思ったのは、型染め作家の玉井佐知さんの『Human Wall』の作品を見てから。




(玉井さんの作品が良いだけかもしれないが…)



白い壁に飾るのももちろん良いけど、野外での展示もおもしろい。
なぜそう感じるのかはあまりわかっていないので、言語化はしづらいが、良い。


グラフィティアートなんかもそうだよな。大体が外の壁に書かれるから、自然とか街とか、野外ならではのものと調和、共生することになる。場所によるけど、ある種日常に入り込んでくるような。作品が負けちゃ、見応えないし、逆に溶け込むような形で、展示として大成するパターンもあるかもしれない。


こないだ、ガーデンミュージアム比叡に行ってきた時に、より一層強く感じた。


空をバックにセザンヌ


緑や空、街の風景、自然に溶け込んでいるような。どちらも楽しめるよね。ガーデンを歩くとところどころ芸術家たちの(主に印象派)作品が見れる。風景として楽しんでもいいし、もちろん小さくキャプションがあるので、鑑賞も楽しめる。ガーデン+アート。そういった+α的な展示方法が気に入った。それが、ガーデンになるのかアートになるのかは見る人々によって違ってくるんだろうけど。


単純にこういう施設が多くなれば、人がアートと触れ合える場所が増えるので良いのではないかと思った。もちろん、美術館も大事だし、なくてはならない。カフェに飾られる絵や、会社のエントランスにあるアートも良い。それぞれの作品は、本質は同じところにあるはずだけど、別の作用があるはずだ。場所によって役目みたいなものに、微々たる差があると感じた。


この話を友人にすれば、「まあ美術って昔は、家の襖とかにあって、生活の一部分に絵があるような、それが普通みたいなところもあったしな。」と言われた。私の先生も、同じことを言っていた気がする。鑑賞方法や場所などに是非はないと思うが、良いと思う展示方法や触れ合い方は人によって違うのではということを考えている。



ルノワール


野外展示が良いというのは私の価値観だから、それを大事にして。ちゃんとそこについて考えて、ブラッシュアップして、やるぞ、野外展示。


そういえば、瀬戸内国際芸術祭2022の高見島に行った時も、野外展示とは少し違うんだけど、こういう形式すごく良いなあと思った。





高見島の一角の家を、それぞれ一棟ずつアーティストに渡して、そこを使って展示を考える。家の中に設置する作家、家自体を自身の扱う素材で改造する作家。家の中に漂う気配を形にするような展示、元あるものを活かして自身の作品を溶け込ませる作家。いろんな形式を、散歩のような形で巡回できるっていうのは、また展示会場で見て回るのとは違った。散歩+アート。そういう形式を取り入れていきたいと感じた。


私は頭が柔軟ではないので、展示=展覧会場、ギャラリーという先入観に囚われがちだ。が、もちろん、+を使っていろんな事象と勝手にコラボしてやるってのもひとつの手法だと思った。色々考えてみるとおもしろいかもな、覚えておこう。


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