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Morning routine

 薄暗い湖に朝日が差して水面がきらきらと輝きはじめた頃。湖の岸に建てられた木組みの小屋からひとりの少女、ヨウコが現れた。ベッドに入った時と同じ寝間着姿のままで、ショートヘアのきれいな白髪はあちこちが跳ねている。ひとつ大きなあくびをした。まだ半分ほど夢のなかにいるようだった。

 そんな寝ぼけた頭とはうってかわって、ヨウコの身体はきびきびと動き、朝の習慣をこなしていった。小屋の裏にあるガンロッカーからよく手入れされたモシン・ナガンを取り出して、すぐそばにある手作りの射撃場へ向かった。銃のボルトを動かして射撃姿勢をとり、アイアンサイト越しに800メートル先にあるターゲット――ひもで丸太にしばりつけたキツネの人形――を狙う。

 ヨウコは精神を集中し、呼吸を止める。もう眠気はさっぱり消えている。

 音が止んだ。東の空が次第に明るくなってくる。

 風の流れを読んで、ほんのすこしだけ狙いを修正。

 命中する、という確信がふいに訪れた。花を摘むようなやさしい手つきでヨウコは引鉄を引きしぼった。

 銃声は、しかし聞こえない。薬室に銃弾は装填されていなかった。これは単なるイメージトレーニング。磔のキツネ人形に銃弾が撃ち込まれたことは一度もなかった。ヨウコは緊張を解き、おでこの汗をふきとった。

 日課を終えたヨウコは湖の水で顔を洗った。向こう岸の木々が青々と光り、遠くの湖面に水鳥の群れが下りた。もうすっかり朝だった。

 シュトゥルミ(Ⅲ号突撃砲)のV型12気筒エンジンの音が遠くから聞こえた。仲間たちが砲手であるヨウコを迎えに来たのだ。ヨウコはモシン・ナガンを片づけると、歯を磨いて、髪をととのえ、てきぱきと着替えた。ジャージの上着をはおり、制服のスカートをはいて、その下にジャージのズボンを着た。最後に継続高校のKの字が刺繍された帽子をかぶって小屋を出たヨウコは、元気にシュトゥルミの方へとかけていった。

 丸太にくくりつけられたキツネ人形は、今日も生きながらえたことに感謝しながら、静かな湖をすべる水鳥たちの群れを見つめつづけていた。

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