世界王者・原田哲也の伝染力
(BGM:中盤「地上の星」、後半「ヘッドライト・テールライト」by 中島みゆき)
その日、世界チャンピオンの原田哲也さんは、いかにも具合が悪そうだった。風邪だった。
取材が進むにつれて、顔色が悪くなっていく。でも、その日の仕事はインプレッションだった。サーキットで、多数のバイクを走らせる。風邪引きの身には、楽な仕事ではなかった。
「大丈夫ですか?」
気遣う、スタッフ。
「全然平気だよ」
原田さんは、そう繰り返した。
具合の悪さを感じさせない、力走。走り終わればすぐに、とめどなくインプレッションを語る。
昼飯は、コンビニ弁当だった。モナコに暮らす世界チャンピオンは、茂原ツインサーキットの冷たいベンチに座り、「おいしいねぇ」と、安い弁当をパクついた。その間も、朗らかにインタビューに応じた。
ますます悪くなっていく、顔色。1度たりとも、弱音を吐かなかった。やるべきことを、完璧にやり切った。そして原田さんは、「じゃあね!」と、サーキットを去った。あくまでも、明るかった。
首尾一貫して、プロフェッショナルだった。世界の頂点に立ってなお、奢ることはなかった。風邪に負けることもなかった。バイクに乗ることを、仕事を、楽しんでいた。
2日後、私は激しく咳き込んで、目を覚ました。
それから、1週間。
咳はまだ、止まらない。
(この時の取材の模様は、内外出版社から発売予定のNSR専門誌「PROSPEC」に掲載されます)
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