ブランコからジャンプ

 一人、ブランコに揺られている。足を伸ばす。足を曲げる。足が地面につかないように気をつけながら何度も何度も繰り返す。

 さっき妹の「結婚を前提にした恋人」が挨拶にやってきた。前日から来訪の旨は聞いていて、かわいい妹の幸せを想い、ワクワクしながら出迎えたその人は私の前の恋人だった。

 母は呆然とし、父は反射的に怒った。穏やかな父にしては珍しく大きな声を出し、その人を門前払いにした。彼は両親とは顔見知りだった。ただし、「私の恋人としての彼」と。

 彼が帰った後、微妙な空気の家を出てから、なんとなくずっとブランコの上にいる。もうとっぷりと日が暮れており、公園には誰もいない。

 彼に未練はない。1年前、彼に別れを切り出した自分に対する後悔もない。ただ、7年間一緒にいた彼と私の間にはついに育たなかった『未来への心意気』に、彼は妹と辿りついたんだなと思うとどうにも苦しい。

 手に力を込めて後ろに反り返り、天を仰ぐ。呼吸が少し楽になって視界が開ける。雲の彼方にうっすらと、三日月と半月の間くらいの中途半端な月が見える。

 うんと小さい頃、妹はいつも私のうしろにいて、私を必死で追いかけていた。おねえちゃん、まってー。妹の絶叫の大きさで距離を測りながら、時々後ろを振り返る。ころんで、ドロドロで、膝をすりむいて、動けなくて。私をじっと見ながら大泣きする小さな妹がいつもそこにいた。

 もう、しょうがないなあ。私は妹のところまで全力で走って戻り、助け起こしてあげる。それが私たちの間の決まりごとだった。

 しかし、いつのまにか妹は私を追い越して行った。不器用な私ががむしゃらに行動し、七転び八起きするところを妹は横目で学習していた。結果、逆上がりも補助輪なしの自転車も妹に先を越された。妹の方が学校の成績が良かったし、両親に怒られた回数も妹の方が圧倒的に少ない。
 いろんなことが逆転してから、私は「出来のいい妹をゆったり見守るやさしい姉」になった。

 でも、今、はっきりと分かる。長年演じて来た「やさしい姉」キャラクターが薄っぺらなメッキに過ぎなかったということ。こんなことになって、あっけなくぺろりと剥がれて、不意に外気にさらされた剥き出しの自分がものすごく頼りなくて心細い。

「おねえちゃーん。おねえちゃーん」

それなのに妹の声がする。いつまでも帰宅しない私を探しに来たのだろう。返事はせずに私は漕ぐ足にさらに力をこめた。既にじゅうぶんに酷使されたブランコのパーツがあちこちできいきい悲鳴をあげる。

「おねえちゃん」

妹がブランコの真下に到着し、肩で息をしながら私を見上げる。視界の端に小さくたたずむ妹は、この間「清水買い」したというピンクのワンピースを着たままである。

 妹に気がつかないふりをしてどんどん漕いだ。ブランコの悲鳴はさらに激しくなった。

「おねえちゃん...」

また妹が呼んだ。語尾が涙声に変わり、私の胸はキリキリ痛む。それでも返事はできない。

「おねえちゃん、おねえちゃん」

ついに妹は泣き崩れ、その場にへたりこむ。前日の雨で地面は泥沼化しており、清水買いのピンクのワンピースはきっと台無しだろうに妹は気にする様子もなく、私を見上げたまま、手放しでわんわん泣いている。私を追いかけてきた、うんと小さい頃と同じ顔で。あの頃と同じ、絶叫みたい泣き声をあげて。妹を無視し続けたい気持ちと、助け起こしたい気持ちが代わる代わる私を支配する。

 さっき、妹と並んだ彼はまるで別人のように男らしかった。スーツをびしっと着て、久々に我が家の玄関に立って、妹との『結婚を前提にした交際』を力強く宣言した彼。

 その後、父に怒鳴られても、必死に頭を下げて耐えていた。最終的に追い出されるときも泣きじゃくる妹をいたわりながら、またお伺いしますとはっきり言い残した。私と一緒にいる頃の彼は、都合が悪いことや面倒なことからは逃げてばかりいたのに。

「なんだかなあ、もう」

二人の幸せの前座みたいだな、私。そう思うと長年閉じ込めてきた妹への嫉妬や卑屈がどくどくと沸き上がってくる。

 断ち切りたくて。私はブランコの最も高い位置から勢いよく飛降りた。

 着地は派手に失敗し、不格好に地面に落ちた私は、妹同様、全身ドロドロになる。

「おねえちゃん?」

妹が心配そうに覗き込む。私は地面に寝転がったまま妹を見ずに、死にそう、と答える。

 自力で上半身だけ起き上がり、ブランコを見た。前後左右に不器用にうねり、高音の悲鳴をあげながらも、必死に収束に向かおうとする姿はかなりけなげだ。がんばろうね。そうブランコと約束して立ち上がり、まずは泥だらけの手で妹の頭をぐしゃっと撫でてみた。