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君何処にか去る 第一章(1)

第一章 函館の古刹こさつ

        一
 
 唄口うたぐちの形状からして、琴古きんこ流の尺八であることは間違いない。俊雄しゅんゆうはその尺八をかざし、外も内部もじっくりあらためた。自分の尺八よりもやや重く、黒光りを放つ。見るからに風格があった。
「これだけ艶が出ているとなると、明治期からのものかな。逸品だ」
 大いに気に入った。俊雄の声の調子にそれが現われた。
「もっと前からのものと聞いております」
 仙閣堂楽器店の主人は、かすかに笑みを見せて答えた。愛想笑いをする人ではない。約束を果たして、ほっとしているのである。
 良質の尺八ならば、勤め人の給料の三ヵ月分ぐらいに相当する。それを中古で一ヵ月分ぐらいというのが、俊雄の出した条件である。仙閣堂は中古の尺八を積極的に取り引きしている。それを知っての売買交渉であった。尺八にとっても、納戸の一角に放り込まれて忘れられているよりはよほどいい。譲る方も譲られる方も、仲立ちする仙閣堂も、三者一両得になる話ではある。
 条件提示のしばらく後に、掘り出し物があったと仙閣堂から連絡が入った。じつは、俊雄は、新しい尺八を一日千秋の思いで待っていた。仙閣堂に依頼してからというもの、まるで時を合わせたかのように自身の竹がまた鳴らなくなった。
 俊雄の尺八も渋い色艶を放って品格がある。音色もよい。唯一の難点は最初から割れていたことで、万全の補修がなされていても、誤って落としたり、何かに当たったりしたら、すぐに支障をきたすおそれがあった。
 数年前、音が唐突に出なくなった。割れている線に沿ってビニールテープを這わせたところ、元の音に戻った。けれども、良音は長く続かなかった。とうとうテープでぐるぐる巻きにしたり、割れ目を接着剤で塞いだり、中継ぎのほぞ穴に水道補修のパテを極薄にあてがったりと、さんざんに悪あがきした。当今、良音の出ないことが俊雄の最大の悩みであった。ゆえに、仙閣堂の尺八持参は、まさに強力な助っ人の登場と言えた。
「黒川さん、ただし、問題が一つだけあります。じつは、その竹は、玄人でも音を出すのが難しいのだそうです」
 俊雄の昂奮が収まったところで、仙閣堂が妙なことを切り出した。不惑の齢に達したばかりの仙閣堂は、髪の毛がやや薄くなって老成のふうがある。
「そうだと思った。この竹でこの値段。話がうますぎるものね。要するに欠陥商品なのだね」
 俊雄は大仰に落胆してみせた。尺八歴はゆうに四十年を超える。尤も、朝から晩まで吹き通すような稽古をしたのは、学生時代の四年ほどにすぎない。
「いや、黒川さん。そんな詐偽まがいの話ではないのです。尺八そのものは文句なしの逸品です。それは保証します。ただし、どうにも音が出にくいというのです。試してみて下さい」
 仙閣堂の話はますます奇妙である。俊雄は乙音のロを吹いた。全孔を閉じる最も基本の音である。なるほど、俊雄の腕をもってしても、うんともすんとも鳴らない。
「はてな」
 何度も試したが、結果は同じであった。
「黒川さん、この尺八の値段が安いのは、そういうわけなのです。ただし、嚠喨りゅうりょうたる音を出した人がいなかったわけではありません。この竹を売った人物がそう保証したのです。尤も、わたしは、その人から直截に買ったわけではありませんので、詳しいことは存じませんが」
 仙閣堂は、鞄からメモ書きを取り出して俊雄に見せた。函館、龍仁りょうにん寺、万化無明マンゲンムミョウと、ルビ付きで走り書きされている。
「名前からして僧籍の人だね。よろず変化するとも悟りはやって来ないの意かな。姓も名も凝りすぎている。おそらくこの龍仁寺の住職なのだろう。ともあれ、この万化なる人物がこの竹を手放したのだね」
「はい」
「万化さんとこの竹との相性はどうだったのだろう」
「詳しいことは何とも。おそらく駄目だったのではないですか。手放したくらいですから」
「ううむ。とにもかくにも、万化さんに訊けば、だれが嚠喨たる音を鳴らしたのか分かるのだね」
「と思います。しばらく、この竹を黒川さんにお預けします。何とか手懐(てなず)けて下さい。鳴らない竹は、割れたコップと同じです。買っていただいても意味がありません。ご購入は、黒川さんとの相性次第ということで……」
 尤もな言であった。仙閣堂主人は概して良心的である。
「じゃあ、お言葉に甘えて。取引が成り立たなかったらそのときはご容赦を」
 高校教員を定年退職し、年金暮らしに入った俊雄にとって、中古の尺八代金といえども、多額の出費である。仙閣堂の申し出はありがたかった。仙閣堂は、やれやれといった風情で帰っていった。
(鳴らない竹は割れたコップと同じか。うまいことを言う。しかし、秀吉も言っている。鳴らぬなら鳴らせてみせよう鳴らぬ竹とな)
 俊雄は一管の尺八をっとる。再び挑むも音は出なかった。
 

 
 だれでも函館の名を知っている。俊雄も、坂やら洋風建築やら五稜郭やらを知っていた。しかし、現地に立つと想像した街とはずいぶん違うようであった。
 西の海へ突き出す函館山が、そもそもは島であったとは夢にも思わなかった。大昔、島が砂州によって陸続きとなったので、陸繋島りくけいとうと呼ばれる。西の海へ突き出したのではなく、島が陸地に突き出たのである。
 砂州だった一帯の幅はおそろしく狭く、北側が海なら南側も海。おまけに東西方向にも短い。こんな狭い地域にJR函館駅もあれば、市役所もあり、路面電車も走っている。
(やたら海ばかりだ。大型台風でも襲ってきたらこのあたりは海に沈むのではあるまいか)
 俊雄は港を見、函館山東麓の坂道を見上げた。スキーでもできそうな急坂が、幾本も列をなしている。ハリストス正教会やカトリック元町教会など、名高い観光スポットは、坂道の上にあったり、途中にあったりした。戊辰戦争最後の戦場となった五稜郭は、函館山とは反対方向にあるが、路面電車を使えばすぐに行けそうである。
 ただし、俊雄は観光よりも尺八を優先した。あれ以来、鳴らない竹を手懐けようと苦心したが、ついに鳴らなかった。おのれの技倆はこの程度であったかと、やや落ち込んだ。二、三日、悶々として暮らし、ついに函館在の万化無明なる人物を訪ねることに決めた。会えば、あらゆる疑問が氷解するに違いなかった。
 着いた日は、北海道らしからぬ小春日和に恵まれ、幸先がよかった。通りがかりの人にたずねると、函館山の東麓、北から四つ目のさいわい坂をひたすら登り、船見ふなみ公園と山上大神宮を横目にさらに登ると、龍仁寺に否応なく突き当たると教えてくれた。その急坂は、還暦を迎えた俊雄にはこたえた。大仰に言うならば、息も絶え絶えになって古色蒼然たる山門に辿り着いた。
葷酒山門くんしゅさんもんに入るを許さず(臭いの強いねぎにら大蒜にんにくなどの野菜および酒の類を寺内に持ち込んではならぬ)か。禅寺だな」
 俊雄は戒壇石を仰ぎ見、次いで寺全体を眺めた。古刹こさつと聞いたが、どこにでもある古い寺が鎮座ましますばかりで、ことさら感銘を受けない。
 視線を転じて、眼下の函館の市街を眺めると、遠景は海、近景は洋風建築。海には船が浮かんでいる。かつての青函連絡船であろうか。洋風建築には、名高い教会のほかにも、旧イギリス領事館や旧ロシア領事館など多々ある。坂が遠近の二景を結んで、函館ならではの佳景を創っていた。
「どこを切り取っても絵になる。されど、異国情緒などと月並みなことは言いたくないな」
 俊雄の気分はさらによくなった。すでに正午少し前。約束の時刻である。背後で下駄の音がした。振り返ると、坊主頭の作務衣さむえ姿がこちらを見ていた。痩身、小柄。まばらな頰髯が白い。
「お邪魔しています。いい景色ですね」
 相手はわずかに頷いた。その視線は探るかのように鋭い。
(はるばる訪ねてきた客に対して、何ともぶしつけな歓迎ではないか)
 俊雄は相手の視線を避け、眼下の景色に見とれるふりをした。どれくらい経ったろう。ふと、顧みて愕然とした。寺男といったていの作務衣姿が、まだこちらを凝視していた。俊雄は啞然としたものの、丁寧口調で切り出す。
「わたしは昨夕、お電話を差し上げた者です。この寺のご住職の万化さんにお会いしたいのですがね。お取り次ぎを願えませんか」
 寺男は軽く頷いた。しかし、動こうともしない。しばらく両人の探り合いが続いた。
(いったい、どうなってる。この寺男は奇人、変人の類か)
 俊雄は、諦めて本堂の方へ歩みかけた。すると、寺男が行く手に立ち塞がった。
「おたくが黒川さんか」
 枯れた声音が問うた。そのから探る色は消えている。
「知っていたのならそのように応接してもらいたかったですな」
「おたくは、本当に警察と関わりを持たぬのだな」
「電話で、高校教員を定年退職したばかりだと言ったはずです。あれっ。じゃあ、あなたが万化無明さんですか」
 昨夕の電話の相手は、執拗しつこいほど俊雄の職業に拘泥こだわった。俊雄の友人には人の声を聞き分けるのに凄いやつがいる。電話の声を一回でも聞けば、次にかかったとき、この声はあいつだなと相手が名乗る前に察してしまう。俊雄も鈍い方ではないが、目の前の男があまりに変わっていたので、昨夕の男とは考えもしなかった。
「おたくは高校で何を教えていた」
 寺男はこちらの問いには答えない。藪から棒に問いを発した。
「国語」
「国語か。国語なら……」
 万化無明は語尾を濁した。無明はいてこいと顎をしゃくると、狭い境内を横切るように歩いていった。下駄が寂しい音を立てる。
(この男は、わたしを待ちかまえていたのではないか。なにゆえ、警察を懼れるのか。ひょっとして左翼の成れの果てか。しかし、いまどき左翼は死語に近い。犯罪者かもしれぬな。しかし、犯罪者なら、わたしに会うことを拒絶するだろう。分からぬ男だ)
 俊雄は狐につままれたような気分で、前を行く無明の背に目をやった。
 

 
 本堂と渡り廊下で結ばれる庫裏くりを左に見て、奥の方へ進むと、崖になった。鉄製の急階段がついている。が、手すりがない。無明は飛ぶように下りてゆく。俊雄は、その背を眼で追いながら冷や汗を掻いた。
 十数段下に手頃な広場があり、その隅に庵(いおり)が建っていた。そこが無明のついすみからしかった。無明は入れと身振りで示した。
 庵は三和土たたき、台所、居間およびトイレと簡素この上ない。畳などは青々としていた。南向きで日当たりはよかった。居間の真ん中に小さな卓が置かれ、壁という壁には書架がめぐらされていた。いずれも背の焼けた古い本で占められ、一瞥するに新本は皆無。テレビはない。不必要な物をいっさい省いた暮らしは、禅僧と言うにふさわしかった。
「座ってくれ。ただし、座布団はない」
 無明は台所に立った。コップを洗う音がした。俊雄は書架の前に立って無明の蔵書を眺めた。文学、宗教、哲学、歴史学、政治学および経済学など、文系の書籍で占められている。軽い読み物は一冊もない。
(巷隠の賢者といったふうだが)
 俊雄の第一印象である。無明が居間に入ってきた。
「特高並みの点検は終わったか。しかし、いくら点検しようと、わしの蔵書ではないゆえ意味がない」
 そう言ってわらった。しろい歯が覗いた。入れ歯の多い俊雄には、羨ましいほどの歯並びである。無明は、コップ二つと酒の一升瓶、漬け物と佃煮の小皿を卓の上に置いた。
「特高とはまた古い言の葉を」
 俊雄は怪訝な面持ちで無明に目をやる。
「定年退職したばかりだったな。すると、おたくは還暦だ。儂と同じだ」
 無明は、こちらの言うことに答える気は全然ないらしい。二つのコップに酒を注いだ。無明が取れと顎をしゃくったので、俊雄は黙ってコップを持ち上げた。二人して、とにもかくにも乾杯した。
 無明は、ぐいっと半分ほども咽に流し込んだ。酒好きらしい。そういう目で見れば、酒焼けというかあから顔である。俊雄も、無明に促されてコップに口をつけた。
「どこから来た。ここへは車か」
 無明の探るような目つきは相変わらずで、口のききようもぞんざいである。
「名古屋。JRと徒歩」
 俊雄は負けてなるかと、自分も荒い口調を採用することにした。
「尾張か。六十二万石だったな」
「うむ」
「加賀前田家が百万石。薩摩島津家が七十七万石。尾張は三番手か」
 と、無明。
「ほかに仙台伊達家がある。だが、外様と石高を比べてもらっては困る。尾張は御三家の筆頭だ」
「儂はあいにく権威が嫌いでな。名古屋からここまでだと、遠いな」
「遠い」
「俊雄さんと言ったな。おたくは寺の出か」
「いいや。本名はとしおだ。わたしが、勝手にしゅんゆうと名乗っている。そう言うおたくは寺の出か」
「結婚は」
 無明は、俊雄の問いを徹底して無視する。
「した」
「離婚は」
「していない」
「子どもは」
「いる」
「何人だ」
「二人」
「女か男か」
 無明は一気に呷ってまた一升瓶から注いだ。俊雄は半分も呑んでいない。
「女だ」
 俊雄は、この男を訪ねたことを後悔しはじめている。
(職場にも一人や二人、こういうタイプがいた。唯我独尊。困ったやつらだった)
「娘たちはもう結婚したか」
「身上調査がおたくの趣味か」
 俊雄は皮肉った。
「儂にも娘が一人いた。いまどうしているか。どこにいるか。儂は知らぬ」
 無明はまたあおった。俊雄は無明を凝視みつめるばかり。
「俊雄さんは、国語の教師だったと言ったな。放哉ほうさいを知ってるだろう。おたくは、儂を尾崎放哉のごとくに見ているのではないか」
「おたくとは会ったばかりだ。放哉とは比べようがない」
「放哉は寺男で終わった。儂もだ。放哉は妻を捨てた。儂は死なれた。放哉は晩年独りで生きた。儂もだ」
「放哉には、咳をしても一人、の句がある。おたくには上の庫裏に住職やその家族がいる。孤独というにはあたらぬのではないか」
 無明の口調に慣れた俊雄は、おのれも無遠慮に口をきいた。これはこれで存外に快い。
「老いて妻無きをかんい、老いて夫無きをと曰い、老いて子無きをどくと曰い、幼にして父無きをと曰う。孟子の一節だ。おたくは国語の教師ゆえ、釈迦に説法か。儂は、鰥寡独孤の四者中、三者に該当する。ついでに言うならば、上の庫裏に住職やその家族はおらぬ。ここは地形が悪い。車を下において歩いて登ってこねばならぬ。檀家がみな年を取って音を上げた。食えなくなった住職はこの地を離れた。この蔵書は、左翼崩れの寺男のものだ。住職とともに去った。食えなくなったら売れと言っていたが、昨今、古本なぞ売れぬ」
「すると、この古刹にはおたくがいるだけなのか。じゃあ、どうやって食べている」
 このとき、陽が射して居間全体が明るくなった。あまりの眩しさに顔をそむけると、部屋の片隅に、いまではどこを探しても見ることのないダイヤル式黒電話の鎮座しているのが目に入った。
(わたしが電話したのは、あれにだったのか。なにゆえ、この男が昼飯前に来いと言ったのか、いまにして分かった。孤独なこの男は話し相手が欲しかったのだ)
 俊雄は、無明を見直す気になった。函館山中腹の古寺にたった一人生きているのが、万化無明という男であった。


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